スキャン

ヴァレンタイーン、今年の我が家。


寒いのになんだか今日は近所の公園で遊んでいる小学生男子がやけに多い。自転車の数が半端ない。そう、だって今日はバレンタインデー。

きっと家でじっとしていられないのだろう。「僕はここにいますよ」と心の中で熱く発信しながら男子たちが走り回っていると、勝手に想像している。
正直なところ、公園やらその辺をふらふらと出歩くのと、家で待機しているのと、どっちが勝率がいいのだろうか。

そもそも私は女なので、男子たちの葛藤をおしはかることはできない。そして女子ならではの体験、勇気をもってチョコを渡し、ホワイトデーまで悶々とする、をやったこともない。
学生時代は何より超奥手で、成長も遅いウルトラネンネちゃんだったので、「告白してなんの意味があるのだろう」と中学生になっても首をひねる、痛いヤツだった。
想いを告げなければ何も残らない、何も起きない、という告白の価値に気がついたのは、中学3年生の卒業式の帰り道。
「そうか、告白しないと、この気持ちはなかったことにされるんだ……」
と、卒業証書を片手にしながら愕然としたのである。
そこから走り出して、好きな男の子の家まで駆け込む……というアオハル・ブースターは付いていなかった、私のハート。残念なことである。
その後は女子校生活に突入してしまったので、さらにバレンタインネタはないのであった。誠に残念なことである。

その痛い遺伝子をしっかりと痛み分けした、2人の奥手の息子たち。
今年もゼロカウントは避けようと、サツマイモと黒糖のショコラケーキを焼いて待ってあげている、親バカ一人。


以前に英語を教えてくれたおばあちゃん先生(アメリカ人)から、素敵なバレンタインカードが届いたので、私もお返しをする。紙のハガキの上に毛糸でハート型に刺繍してみた。
先生のカードはご自身のお庭の花々の写真をハートに切り抜いて貼り付けた、可愛らしい手作り。愛を感じる。
日本みたいに「チョコ」を「女性から」男性へと縛らない、おおらかな感じがいい。日本のバレンタインは私的にはちょっとねっとり重いんだよね……。バレンタインデーは驚くほど各国で風習が違うのだけれども、もう先生のように、お互い性別にこだわらず、ただ周囲に日頃の「愛」を振りまく(もちろん最愛の人には熱いおもてなしでいいんだけど)、みんながハッピーになれる素敵な日になればいいと個人的には願う。
そうすれば惨敗の姿で帰ってくる息子。それを微妙な空気で迎える母。なんて構図はないのではないかと、ここでも親バカは思うのでした。





ここまで読んでくれただけで、うれしいです! ありがとうございました❤️