見出し画像

ビーナスブリッジと太極拳

子供の頃、月に一度日曜の早朝から公園のゴミ拾いボランティアに行っていた。

電車に乗ってJR元町駅を降り西口へ出る。親に西口で降りるように言われていたので、当時は殺風景な駅前北側の長い階段を上り、更に歩道橋を渡って北へ向かっていたものだった。あまりにも人気がなくてちょっと怖かった気もする。

今思えば東口は賑やかで店も沢山あり、南東側には大丸神戸店へと続く横断歩道があるので人通りも多かった。親が人気の少ない西口を選んで私を歩かせたのは単に近道だったからかもしれない。人通りが少なくて寂しい雰囲気が漂っていて、子供心にちょっと怖くて小走りだったのを覚えている。

北は山、南は海。東は大阪、西は明石・姫路。

駅から見える景色で方角も分かっていた。身体に染み込んだこの方角は、今でもどこにいても私の心の中でひょっこり顔を出して、本当の方角の邪魔をする。

随分と坂を上り、坂の途中の神戸市営地下鉄県庁前駅からも、また随分と長い坂道が続く。

途中ゴシック風の教会があったりして、そこから更に兵庫県警、兵庫県庁、相楽園と、ぐんぐん上るほどに一層坂道が急になり、ひざが胸につきそうなぐらい傾斜がきつくなる。

そしてようやく坂を上りきると、広々とした公園がある。諏訪山公園だ。

私達がボランティアを始める早朝は、まだ誰もいなくてとても静かだった。

公園からは下り坂の小道が何本か出ていて、みんなで手分けしてゴミを拾った。ある小道には途中にブランコがふたつと滑り台がひとつの小さな公園があり、ちょっと休憩するのに良くて。この小道は一番人気だった。

どの小道もくねくねと曲がるうえに上り下りもあって、ちょっとした山歩きだったが、突然神戸の街を見下ろせる見晴らしの良い歩道に出るので、またそこでの休憩が楽しみだった。ここがビーナスブリッジだっただろうか。

さすがにここまで来ると、帰り道が長くなるのでたまにしか来れなかったし、橋の下は木が生い茂っていてどこまでも地面が見えなかったので足下が心許なく。結局、どう転んでも長居することはなかった。

ひと通りのゴミ拾いが終わって公園の広場に戻る頃には、15から多い時は30人ぐらいの太極拳グループが舞い始めていた。元町には中華街の周辺から山の手まで、華僑が何代にも渡って住んでいる。

ただゆっくりとゆっくりと。曲に合わせて流れるように舞う華僑のお年寄り達。

神戸・北野が舞台の宮本輝作「花の降る午後」を久しぶりに読んで、元町の山の手にある諏訪山公園を思い出した。

日曜早朝の太極拳。今もやっているだろうか。

この記事が参加している募集

熟成下書き

最後までお読み頂きありがとうございま もしサポート頂けたら、note内の他のクリエーターさんの記事をサポートで還元したいと思います。