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【オリーブの本棚】『考える葉 』松本清張著(ネタバレなし)

あらすじ

人生そのものに嫌気がさしていた硯つくりの青年、崎津弘吉は東京で暴力沙汰を起こして留置場に入れられた。そこで知り合った男、井上代造から、東京での就職を世話される。その井上からのたっての願いということで、ある晩指定された時間と場所に立っていると、向こうから走ってくる人物からピストルを渡されてしまう。

そのピストルが物証となり近くで起きた殺人事件の犯人にされかけた崎津弘吉は、井上代造に事の次第を問い正すべく、彼の自宅に向かう。するとそこで聞かされたのは、なんとその井上が山林で遺体となって発見されたという、驚愕のニュースだった…。

その通夜の晩、井上代造の家を訪問していた崎津弘吉は井上代造の妹・美沙子を一階に残し、二階で休んでいた。ところが目を覚まして一階に降りてみると、美沙子の姿がない。犯人に連れ去られたことを危惧しつつ、真相を確かめるため、崎津弘吉は調査を始めた…。

背後にはどうやら戦時中に日本に秘蔵された財宝、隠匿物資が絡んでいる模様。それを巡って起こる連続殺人。やがて崎津弘吉が掴んだ意外な真相とはー?そして美沙子は無事なのか?

著作紹介

『考える葉』(松本清張著)は、1960年ー61年にかけて『週刊読売』に連載された長編推理小説です。清張が書く小説の時代背景は昭和30年〜40年代がほとんど。その当時はまだ戦後の影響が色濃く残っていた時代。なので、小説の中で起きる事件の背後には戦時中の複雑な事情が絡んでいることが多いのです。現代の私たちが読むと、そのあたりの時代背景の感覚が薄いため、今ひとつピンと来ないことも多いのですが、そこは巨匠・松本清張と言われるだけのことはあり、豊かな筆力で読者をぐいぐい本の世界に引き込みます。社会派とも言われていますね。当時起きていた社会問題や時代背景、曖昧になっているものに鋭く切り込んでいく作品が多いのも特徴の一つです。

さて、今回のお話、戦後期の混乱の事情が背後にあります。戦時中に日本に持ち込まれて隠匿されている物資があるという…当時がどういう時代だったかを肌で感じられます。当時も今も不正は絶えないんですね…。

読み進めていくにつれ、崎津弘吉の身の回りで不可解な出来事が次々と起こります。その一つ一つがやがて一つの線につながっていく…。この話の面白いところは、犯人が誰か、ということよりも、あるキーパーソンが出てきて、それが実はとても意外な人物だった、というところにあります。思わず「えっ?」と声が出てしまいました。

さらに姿が見えなくなった井上代造の妹・美沙子の行方も気になります。彼女は無事なのか…?崎津弘吉が調査に乗り出す動機の一つになります。何とか真相を解明して彼女を助け出したい…そのために命を張って頑張る姿は、当初の投げやりな彼の姿とはまるで別人のようです。この彼自身の成長ぶりも読みどころの一つでしょう。

『考える葉』というタイトルについて

『考える葉』はフランスの思想家・パスカルの「人間は考える葦である」という言葉から取られたものであると推察します。

「葦というのは水辺に育つ、弱く細い草のような植物。人間も自然の中では葦のように弱い存在。しかし、人間は頭を使って考えることができる。考えることこそ人間に与えられた偉大な力である」ということをその著書の中で述べています。

この『考える葉』の作中においても、後半からは崎津弘吉がひたすら自分の思考を走らせるシーンが頻出します。これまで調査して得られた情報を精査すべく、都心の喧騒から離れて海岸まで行き、そこにじっと座ってひたすら考えるのです。そしてこの考える行為が事件の真相を炙り出し、その炙り出した仮説に基づいた行動によって事件が一気に片付きます。

さらに、当初は自分のうちに引きこもる性格だったのが、だんだんと周囲の人の力を借りながら物事を進めるようになります。ピストルを持っていたために犯人だと誤解された時に知り合っていた警部にも頼るようになり、最終的にはその警部に助けられることになります。

考えることは人の成長を助けるーこうした教訓も引き出せたと感じています。崎津弘吉の成長ぶりが微笑ましく、読了感はとても爽やかです。

松本清張の作品は、一部のコアなファンを除いて、手に取る方は多くないかもしれません。ぜひ、機会があれば一読されてみてはいかがでしょうか。



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