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カード地獄からの脱出方法

──今回は妖怪人間ちいちいさんのリクエストに応えていただきましょう。「ASD+ADHDのお金の管理、カード地獄に陥るメカニズムと言うのでしょうか、対処法も含め知りたいです。対象年齢はできれば10代後半から20代前半が希望です」

横道 このテーマは私には難しいので、セルフインタビューは遠慮したいと思います。

──まあ、そう言わずに。発達障害があると、お金の管理は難題ですよね。

横道 自閉スペクトラム症(ASD)があると、自分を客観的に把握する視点を持つのが難しいと言われていますね。一般的に「メタ認知」と言われている能力が定型発達者よりも弱いということらしいです。

──自分の置かれた状況に適切な距離を置いて眺めることができないと。

横道 一方では他者に同調しづらい特性があるのに、自分の置かれた立場をうまく把握することも不得意で、それでコントロールを失って、状況に飲みこまれやすくなってしまうわけです。

──ADHDの場合だと、どうですか?

ADHDがあると、集中力が拡散しがちですが、強く関心を引くものがあると、その拡散した注意力が多方面から、関心の対象に向かって集中砲火を浴びせるようにして収斂していくことがあります。一般に「過集中」と呼ばれています。

──それでお金を使うのに無我夢中になってしまうと。

横道 自閉スペクトラム症には「こだわり」の特性もありますから、自閉スペクトラム症とADHDが併発している人には、浪費癖が発生しやすいと思います。こだわりの対象に向かって、極端な集中が起こり、状況がわからない状態のまま我を忘れてどんどん買い物をしてしまう。

──一気に破産に向かってしまいますね。

横道 発達障害者は「いちばん信用できないのはじぶん自身だとわきまえておく」ことがライハックの基礎だというのが、私の考え方です。

──ほほう。

横道 じぶんでじぶんをコントロールできると思わないことです。じぶん以外のものにコントロール機能をアウトソーシング(外部委託)することが肝心です。

──具体的にはどうすれば良いのですか。

横道 クレジットカードなどを所有しない決意をします。10代後半から20代前半の若者は、現金だけで生きるようにお勧めします。

──それは外部委託ということになるんですか。

横道 カードが使えないという環境を手に入れることで、その環境にじぶんの行動をコントロールしてもらうわけです。

──ふうむ。

横道 障害の問題の解決は、まずその当事者が生きやすい環境を整えることから始まります。環境を調整して、それだけでも足りないなら、その障害の当事者の認知を変えるというのが正しい順番です。まずは当事者を変えようとしても、環境が調整されていなかったら、うまくいきません。

──横道さんはカード地獄に陥ったことはないのですか。

横道 複数のカードを使いまくって、最大350万円くらい借金をしていたことがあります。就職してすぐのことです。最初はもちろんもっと小さな額だったのですが、翌月に払うのがすぐに無理になって、ボーナス払いを使用するようになって、それでも足りなくてリボ払いに手をつけました。

──絵に描いたような発達障害者ですね。

横道 リボ払いは犯罪級の仕組みだと知っていたはずなのに、何年もリボ払いを利用していました。

──リボ払いに騙されるな、絶対に使うな、ということは義務教育で教えておく必要がありますね。

横道 発達障害があったら騙されやすいので、なおさら教えておく必要があります。

──それでもカードを使いたいという場合はどうしたらいいんでしょうか。

横道 家族が財政を管理して、健康な日常生活を営めるようになったら、カード類を使って良い、という条件をつけることです。

──健康は関係がありますか。

横道 カード地獄になってしまうということは、要は買い物に嗜癖している、つまり依存症状態で買い物にすがっているということでしょう。心が健康なら、嗜癖の影響力は弱まります。

──そういうものなんですね。

横道 酒を飲んでもほろ酔い程度、タバコを吸っても1日に1本だけ、ギャンブルをやってもときどき30分ほど楽しむくらい、というあたりで止まると思います。

──それってどういう仕組みなんですか。

横道 依存症というのは、快楽に溺れているだらしない人たちの病気と誤解されがちですが、実際には苦痛をやわらげるために、嗜癖によって自力で治療している状態にあるというのが、最近の考え方らしいです。

──やわらげたい苦痛とはどういうものなんですか。

横道 心の苦痛、つまりトラウマ由来のものです。依存症になる人は、多くの場合、PTSD(心的外傷後ストレス障害)も罹患しているという論文を読んだことがあります。ある時期に極端につらい局面を経験したことで、心に深刻な傷がついてしまい、それをアルコールやニコチンやギャンブルでごまかすようになる。苦痛が大きいから誤魔化すための耽溺も深くなり、やがて依存症に陥ってしまう。

──買い物依存もそういうものなんですね。

横道 買い物依存、恋愛依存、セックス依存などは、まだ正式には医学的な依存症として認められていないようですが、ギャンブル依存症はそういうものとして認められていますから、同じようなものではないかなと私は思っています。
 ただし私は専門家ではなくて、あくまでシロウトですので、そのつもりで聞いていただければと思います。依存症の傾向が強いひとりの当事者として、独学で学んでみて、そう考えているにすぎません。

──発達障害とトラウマは関係が深いですか。

横道 ASDやADHDの特性を持っているだけで、困難なく社会でやっていけるなら問題はないですし、困っていないなら発達障害の診断をおろさないのがルールです。ですが、発達障害の特性を持っていると、現実的には多くの局面で集団行動から排除されたりして、心を傷つけられつつ生きることになるはずです。

──では依存症になってしまうのは仕方ないのでしょうか。

横道 できるだけ多くじぶんを甘やかすのが良いと思います。ただし、他人に迷惑がかからない範囲内で。

──甘やかすんですか。

横道 発達障害者は、他者からの非難を内面化して、「じぶんにも他人にも厳しく」なんて思いながら生きている人が多い印象を受けます。ですが、じぶんにも他人にも厳しいというのはまちがっています。そもそも「どのように厳しくあるべきか」という基準はその人やその人に影響を与えた人が設定した勝手なものです。

──なるほど。

横道 ですから「じぶんにも他人にも厳しい人」の正体は、「じぶんには甘いくせに他人には厳しい人」です。「じぶんには厳しくても他人には優しい」が、しかるべき道徳の最低ラインと考えなくてはならない。そして、「他人にも優しいのだから、じぶんにも優しくしよう」と考えを発展させるのが良いのです。

──そうしたら依存症は治りますか。

横道 治らないとしても、ましになると思います。

──完治はしないわけですね。

横道 心に問題が起きて、それを完治させようとするのはほとんど不可能という事例が多いのです。トラウマ治療は確立された方法がありません。寛解する、つまりだいぶましになった、小康状態に入って一安心という状態をめざすのが現実的なのです。

──そういうものですか。

横道 おわかりだとは思いますが、カード地獄を含めて、依存症状態から脱けだす上で、その人に苦しみをもたらしている状況を、つまりトラウマを疼かせている状況を解消するのは欠かせません。

──当事者たちにとって、厳しい戦いになりそうですね。

横道 厳しい戦いになると、戦いに勝利するのも難しくなりますから、厳しくない戦いにしていきましょう。具体的には家族に頼る、福祉の支援者に助言をもらう、自助グループで仲間の意見を聞くなどが、戦いの厳しさをやわらげます。

──ひとりで戦わないようにすると。

横道 そうして勝利に到達することができます。トラウマを刺激する状況が消滅し、深刻な依存症状態も寛解しやすくなります。

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