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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #13 ~期待

鈴木課長と喧嘩してから、追加案件についてもどうにかこうにか開発の見通しが立ち、落ち着かせることが出来そうになった。
そんなここ1~2週間だった。

そして今、土曜の午後。

ここのところ気疲れでヘトヘトになって、休日もぐうたらしていた僕に業を煮やして、美羽は気分を変えることも大事だと、今日は2人で次長の奥さんに教えてもらったカフェに行くことになった。

気がつけば銀杏も色づき始めていて、季節の移ろいの早さに驚いた。それだけ最近は余裕を無くしていたんだな。

そんな事を感じながらカフェへ向かう道すがら、ちょうどその時。

抱っこ紐で子供を抱えている女性が目に入った。
野島次長の奥さんだった。

なんというタイミングなんだ。

美羽に上司の奥さんであることを伝えて、声をかけた。

「お久しぶりです」

奥さんは振り返って僕らを見るとニッコリと微笑んでと言った。

「飯嶌くん、久しぶりね! あ、こちらが飯嶌くんの?」

「はい、成瀬美羽さんです。美羽、こちらが野島次長の奥さんの…」
「野島夏希です。初めまして」
「初めまして。優吾く…あ、飯嶌さんがお世話になっています」

美羽が緊張しいでそう言うと、奥さんは「私にそんなに気を遣わなくて大丈夫よ」と笑った。

「今日は次長は一緒じゃないんですか?」
「家にいるのよ」
「あ、その紐」

藍染ブルーのその抱っこ紐は、まさしく前田さんと僕が出産祝いでプレゼントした、それだった。

「あ、そうなの。とっても気に入ってるのよ。どうもありがとうね」

僕はその紐で奥さんに抱かれている赤ちゃんの顔を覗き込んでみた。

「この子が次長の…娘さん、でしたっけ」
「そう。梨沙っていうの」
「かーわいぃー! リサちゃん!」

美羽も覗き込んで声を上げた。

「どっち似とか…わかんないっすね」

僕がそう言うと美羽に小突かれた。奥さんは笑った。

「パパ似って言われたけど…正直わからないわよね?」

僕はもう一度、赤ちゃんの顔を覗き込んだ。
うん、やっぱり次長に似てるかどうかは、わからない。

「今日はお二人でデート?」

「あ、はい。以前奥さんが勧めてくださったカフェに行こうかなって話していたとこで…」

「わぁ、そうなんだ。私も今から行こうと思ってたの。良かったら一緒にどう? デートの邪魔しちゃ悪いかな?」

「いえ、全然!ぜひ」

先に答えたのは美羽だった。

「じゃあ、ちょっとだけ。私は子供がいるから早めに退散するから、お二人はゆっくりね」

「はい!」

* * * * * * * * * *

店に入ると、女性の店員が奥さんに声をかけてきた。

「夏希さん、いらっしゃい。あら、今日はどういうメンバー? 旦那さんは?」

「遼太郎さんは家。今日は遼太郎さんの部下と、その彼女さんと」

「あら、珍しい組み合わせね。梨沙ちゃん、こんにちはー!」

奥さんは常連さんなんだな。

僕たちは窓際の席に着いて、コーヒーとケーキをそれぞれ頼んだ。

「次長、今日は家で猫と一緒ですか?」

「猫? あぁ、ロドリーグのことね。あれは私の弟の猫で、あの日はたまたま預かっていただだけだから、今は主の元よ。だからひとりぼっちね。
今日はなんか、仕事してるみたい。邪魔しちゃ悪いから、娘連れてちょっと出てきたの」

「えぇっ、仕事ですか?」

「あの人、毎日そんなに遅くまで残業しないでしょ? 娘のために早めに帰ってきてくれるんだけど、やっぱりちょっと積まれてきちゃってるみたいで」

確かに…次長は20時前にはいつも帰っている気がする。

「最近の次長、自席にいる時も眉間にシワ寄せて目を閉じてたりして、お子さんも生まれたし、お疲れなのかなって思ってました」

「あら、居眠りしたりしてないかしら。遼太郎さん、むしろ子供の世話を焼きたくて焼きたくて仕方なくて、家に帰ると張り切っちゃうのよ。ずっと娘にベタベタなの」

そう言って奥さんは「ねぇ梨沙。パパ大変だよねぇ」と、子供の顔をのぞき込んで笑った。

娘にベタベタな次長…すごいギャップだな。

「優吾くん、仕事で足引っ張ったりしてない?」

美羽が茶化してくる。僕は正直、そこで冗談を言えなかった。

「あ…でも、本当に僕のせいかもしれないです…」
「えっ」

美羽が気まずい顔をする。奥さんは「そうなの?」と首を傾げた。

「僕…あまりにも出来が悪いので…、企画営業部はレベルの高い人ばっかりですし、次長も嫌ってるんじゃないかって思います」

「飯嶌くん、面と向かって迷惑してるって言われたの?」

「いえ、そんなことはないですけど…でもすごく迷惑というか、手間かけさせてばっかりで、嫌気差してると思うんです」

奥さんは小さくため息をついたが、穏やかな顔して言った。

「飯嶌くんが思い込んでるだけみたいね。私も彼の元部下という立場で言うとね、彼は自分の部下を嫌いになったりはしないし、見捨てることも絶対にしないわ」

僕は奥さんの顔を見つめた。

「彼は部下の成長を楽しみにしてる。責任感がすごく強いの。厳しいことは言うかもしれないけど、あくまでもサポーターに徹して、自分で気づかせて、自分で動けるように促してくれる。だからその人に合わせた態度を取ることはあるけど、接する気持ちは本当にみんなにフラットなのよ。
彼はそういう意味でとても優秀なリーダー、優秀なマネージャーだと思う。安心して委ねて大丈夫だし、もっと頼っても大丈夫。私が保証する。もし違うじゃないかって思ったら、いつでも私に言ってくれたらいいわ」

「次長…僕にはたくさん時間を割いて接してくれます。周りはそれを異様な光景に見えるみたいで…僕はもう新人でもないのに、あそこまでやるか、みたいな…」

「確かにちょっと珍しいかもしれないわね。でもきっと、遼太郎さんも居ても立っても居られないんでしょうね。飯嶌くんを見てると」

「どういうことですか」

「悪い意味じゃないわ。飯嶌くんが自分で望んだわけじゃないのに引き抜いてきちゃったものだから、責任も感じているだろうし」

そう言うと奥さんは
「じゃあ、そろそろ戻ってあげないと、パパが寂しがってるかな。ねぇ梨沙」
と、子供に微笑みかけた。

「ちょっとゆっくりしちゃったから、慌ててるかもね。あの人わりと、そういうのドキドキしちゃう人なのよ」

そう言ってスマホを見て、クスっと笑った。

「やだ、気が付かなかった。電話かかってきてたわ。メッセージも来てる」

奥さんは次長からのメッセージを見せてくれた。

どこにいるの? 遅くない? なんかあった???
連絡して!😥

「うわ、次長、めっちゃ慌ててる。顔文字とか使ってる!」

僕たちは笑った。

「かわいそうだから電話してあげましょうかね」

そう言って奥さんは電話をかけた。

「ごめんね。いつものカフェに来てて。うん、知り合いに会ったものだから、ちょっと話し込んじゃってたの。…うん、大丈夫よ。お土産買って帰るね」

僕たちをチラチラと見ながら、僕たちの名前は出さなかった。

「次長、怒ってませんでした?」
「怒る? 全然。あの人、怒ったりしないのよ。私、今まで怒られたことあったかな…仕事でも…あったかな」
「僕、結構会社で怒られてます」

「あらあら」
奥さんは笑った。

「奥さんと優吾くんじゃ扱いが違うに決まってるでしょ」
美羽にもたしなめられた。

「…でもこの前、次長とサシ飲みしたんですけど。その時次長、自分の若い頃の話してくれたんです。今までどういう思いで仕事をしてきたのか、とか。僕、それ聞いてすごく嬉しかったんです」

そういうと奥さんはちょっと目を丸くして、少ししてニッコリと微笑んだ。

「大変、長々とごめんなさいね。2人の時間を邪魔しちゃって」
「いえ、全然」
「お会いできて嬉しかったです」

美羽がそう告げると、奥さんはにこやかに「今度は美羽さんもうちに遊びに来てね」と言ってくれた。
美羽は嬉しそうに頷いた。

「そうだ。クリスマスって私たちの結婚記念日なんだけど、今年は梨沙も生まれたし、ちょっとパーティっぽくしようかって話してて。もし良かったら2人も来てくれたらいいかも」

「えっ、ほんとですか? 楽しそう! 是非!」

奥さんはレジ横の店にあるカヌレやマフィンなどの焼き菓子をいくつか買って帰っていった。あれが次長へのお土産なんだな。

「奥さん、すごく優しい、いい人ね。次長さんもどんな人なのか、気になる」
「そのクリスマスパーティってやつ、行こうよ。あぁやって言ってくれたんだし」

うん、と頷いた後、美羽はポツリと言った。

「優吾くん、すごく期待されているんだね、その次長さんに」
「期待? そうかもしれないけど…応えられてる感は全くないな…」
「どんな理由なのかはわからないけれど、自分の後釜にしたいんじゃない?」
「後釜? いや無理だってそんな!」
「無理だなんて決めつけたらダメよ。嫌じゃないのなら、やってみなきゃ」

次長に本当にそこまで思ってもらっているのなら、本当に幸せなことだと思うが、やはりどうして僕にそこまでしてくれるのか、わからなかった。

鍛えれば伸びそうなやつは他にたくさんいるのに。中澤とか…。

"嫌じゃないのなら、やってみなきゃ" か…。

女の人は強いな。美羽も、次長の奥さんも…。

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第14話へつづく

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