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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #6 ~キックオフミーティング

月曜日、10時。
キックオフミーティング。

プロジェクト・オーナー(PO)の取締役を中央に、両隣にプロジェクト・マネージャー(PM)であるシステム部・企画営業部の両部長が挟む形で座っている。

上手側にはPMOの野島次長と、事務局を兼任する前田さんが着き、下手側に各チームリーダー(TL)8名が着いた。

ステークホルダーも全員ではないが、スタッフ部門の面々も参加し、総勢で25名ほどになった。

POから目的と目標の共有があり、PMからスケジュール、工程、コストの説明があった。

野島次長は背筋をピンと伸ばして、手元の資料ではなく話している人の顔をじっと見ているのが印象的だった。

PMOの野島次長から現時点で把握している課題の共有が各チームに向けて行われた。スケジュールがシビアなことと、各工程の概算工数が出されていないところがある点など、この前僕に話してくれた内容も含まれていた。

各TLとステークホルダーの自己紹介はダラダラしないようにか、最後に1人1分以内で行われた。

挨拶して気付いたが、TLの中では僕が一番若手だった。そのせいか、僕が挨拶した時は鋭い視線を浴びた…ような気がした。
なんでお前がリーダー? と、そう言われているような。

野島次長とも目が合ったが、”大丈夫だ” というように頷いてくれた。

1時間半ほどでミーティングは終了した。
会議室を出る前に野島次長は僕を呼び、ステークホルダーの面々にも声をかけた。

「彼が部付で異動してきた飯嶌です。TLは初めてですが、長く営業部隊にいたので、折衝には長けていると思います。よろしくお願いします」

野島次長がそう紹介してくれ、僕も慌てて頭を下げた。

「未経験でプロジェクト推進チームのリーダーなんて、本当に大丈夫?」

財務を担当する少し年配の社員が、皮肉っぽく言った。
僕は負けじと答えた。

「チームはシステム部メンバーもバランス取って配置していますし、僕は営業部で数名のチームも束ねていたので、成果を出せると思ってます」

ふん、まぁちゃんとやれよ、と言って去っていった。

野島次長は黙って肩を叩いてくれた。

僕の足は震えていた。

そうだよ、システムに関わることは愚か、こんな大人数を相手に仕事なんてやったことないんだから。

フロアに戻る際に、僕は改めて野島次長に訊いた。

「次長、あの、どうして僕がプロジェクト推進チームのリーダーになったんでしょうか? メンバー選出の段階で反発くらってそうなんですけど」

野島次長は一瞬僕を振り向き、ニヤッと笑ってすぐまた前を向いた。

「反発はだいぶくらったぞ」

それだけ、言った。

席に戻るとさっそく野島次長が僕に問いかけた。

「飯嶌、リーダーの仕事ってなんだと思う?」
「リーダー、ですか。みんなを取りまとめることです」

「取りまとめるって、何を」
「何をって…」

「英語のスペルを考えてみろ。リーダーはどういう意味になる」
「Leader…だから、リードする、先導する、みたいな」

「そうだ。先導者だ。取りまとめることが仕事じゃない。メンバーを引っ張ることだ。引っ張るって何を、といえば、目標に向かって、だ」
「はぁ…」

「お前のリーダーとしての責務は、目標に向かってみんなを先導することだ」
「目標、ですか。さっきのキックオフミーティングでオーナーが話されいた、アレですか」

「アレはプロジェクトの目標だ。チームはチームの目標がある」
「チームの、目標…」

「それを取りまとめてリードしていくのが飯嶌だ。各担当チームにはそれぞれの目標がある。その目標の集大成がPOの話した最終目標であり、それを達成することがプロジェクトだ。まず完了させるべきタスクはチームの目標を設定すること。その目標達成に阻害するものが何かを洗うのが問題点の抽出だ。詳しくは後で時間を取って説明する。メンバーとも話し合え。いいな」

そう言って野島次長はノートPCを抱えて次のミーティングへ行ってしまった。

「飯嶌さん、タスクの管理にはBacklogを使ってください。使ったことありますか?」

前田さんがいつものようにモニターの横から顔を出して訊いてきた。

「いえ、ないです」

「では使い方を教えますから、いま次長から指示のあったタスクをひとまず管理してみましょう。プロジェクト全体でもこのツールを使いますから、チームのタスクの管理もそれで行います。ガントチャートも出来ますので、進捗管理もやりやすいです。チャットはSlackですが…それはもう使い慣れていますよね?」

「はい」

「チームの目標設定は、決定する前にチームメンバーとも話し合った方がいいです。もうSlackでチームのチャンネルは作られていましたよね。よく相談し合ってみてください」

本来は前田さんは次長について打ち合わせに参加するはずだったみたいだが、僕にツールの使い方から、目標設定のアドバイスまでしてくれた。


僕はチームメンバーにキックオフの報告と目標設定についてメッセージを送ると、とりあえず今夜集まって親睦会を開かないか、となった。
どうやらみんなでそんな話をしていたらしく、4人の都合はついているという。前田さんだけが今日は都合が悪いといい、5人に委ねます、と言った。

* * * * * * * * * *

「お前VIP待遇じゃないか」

前田さんが席を外した時にそう声をかけてきたのは、中澤と同じ課に所属する内藤主任だった。

「お前、中澤と同期なんだって? なのにまるで新人みたいじゃないだな。前田さんや次長の手厚い指導を受けてさ」

あー、嫌なヤツ来た。
僕はそう思った。

「すみません。畑違いの部署から来たもんで…」
「法人営業部だっけ? あそこは特にスキルも営業力がなくても、何とかなるからなぁ」

カッチーン。
同じ社内の人間に、そんな言い方するかね?

頭にきた僕は無視することにした。すると

「お前、しかもTLなんだろ? 推進チームのリーダーを法人営業部から引っ張ってきたって言うからさ、どんな賜物が来るのかと思ったら…次長もどんなカード切ろうとしてるのかわかんねぇなぁ」

そう言って内藤さんは去っていった。

なんだよあれ!? 
あぁいうヤツに限って仕事って出来なかったりするからな!

そう思いながら、僕だって今は何も出来ないんだと改めて思う。
実際に手取り足取り教わっているのは事実だし、5年目の人間にそんな教育コストをかけるのは割に合わない。

本当に野島次長は、どうして僕を引き抜いたんだろう。
家が近所じゃなかったら、多分いま僕はここにいないぞ?

”周囲をギャフンと言わせたいじゃないか”
”次長はドSだからな”

「僕は次長のカード…?」

真意を僕はまだ見いだせていない…。

* * * * * * * * * *

昼休みを終えて席に戻ると、野島次長が慌ただしく机の上を片していた。

「悪いけど、これから病院に行かなくちゃならなくなった」
「えっ? あ、じゃあもうすぐ産まれるってことですか?」

野島次長は頷いた。

「連絡は会社携帯にいつでも入れてくれていいが、レスポンスが悪くなる時があると思う」
「立ち会うんですね」
「そうだな」

前田さんが不在時の対応について確認し、野島次長が2,3指示を出した。

「悪いな、こんな時に」
「いえ、仕事よりも全然大事なことじゃないですか」
「安心してほっぽり出せるように飯嶌が活躍してくれることを期待してるよ」

野島次長はそう言って、足早に去っていった。僕はその背中を見送りながら
「いや、マジで大変だな次長」
と言うと、前田さんも
「立ち会いとなったら、明日もお休みされるかもしれませんね」
と言った。

「初産って、時間がかかるって言いますもんね」

僕がそう言うと前田さんは

「飯嶌さんって、知ってて欲しいことはあまり知らないのに、知らなくても良いことはよく知ってますよね」

と呆れた顔をした。

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第7話へ続く


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