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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #24 ~どんなブレイクスルーがあったか

プロジェクトの打ち上げは会社の近くの宴会場で、18時半から立食形式で行われた。
ユーザー部門やお偉いさんも含めて80人くらい来ていると聞いた。

プロジェクト推進チームのメンバーは散り散りになって、あちこちの部門のメンバーに挨拶や酌をしている。
前田さんや野島次長はお偉いさんたちの相手で忙しそうだった。

僕も初めはあちこちお礼周りをしたが、すぐに疲れて壁際の椅子に座って、ぼんやりとざわめきを眺めていた。

少しして橋本さんがそんな僕を見つけ、隣に座った。

「もう酔っ払ったんですか?」
「そんなに飲んでいないよ。ちょっと疲れただけ」
「まぁでも飯嶌さんは本当にお疲れさまでした、ですね」
「いや、橋本さんも大活躍だったよ」
「そうですか?」

そうは言いながらも橋本さんは嬉しそうに口角を上げた。

「前田さん、忙しそうですね」

橋本さんの視線を追うと、前田さんが役員連中と話しているのが見えた。
そのすぐ隣には野島次長がいた。

「ね、橋本さん。野島次長と前田さんって、なんかさ」
「なんか…なんですか?」

僕は次長や前田さんに、好意や関係を探ることは "下世話" と言われたことを思い出す。

「あ、いや、なんていうか…美男美女で、なんか最強の組み合わせだなぁと思って」

なんとかお茶を濁し、橋本さんも
「そうですね」
と付き合ってくれた。
彼女は前田さんにしか興味を持っていない。

会が終盤に近づくと山下さんが野島次長に近づき、何か耳打ちをしている。
野島次長はしばらく無表情で話を聞いていたが、やがて相好を崩した。

その後山下さんはニヤニヤしながら真っ直ぐに僕に近づいてきた。

「飯嶌、2次会行くぞ」
「えっ…」

隣にいた橋本さんにも同じ調子で声をかけ、少し離れた場所にいた井上くんへも後ろから怒突いて、同じようにニヤニヤしながら話しかけていた。

「山下さん、飲み会とか大好きですよね」
「まぁ確かに」

僕は山下さんと2人で飲みに行った時に食べたタコぶつを思い出していた。

橋本さんと話していると、野島次長が寄って来た。

「山下さんから聞いたか」
「はい、2次会のことですよね」
「推進チームで2次会に行こうと思ってるけど、次長と前田さんも、って声かけてくれたんだ」

そうだったんですか、と言おうとしたら、横から橋本さんがすごい勢いで食い気味に身を乗り出して言った。

「前田さんもいらっしゃるんですか!?」

あまりの勢いに野島次長も目を丸くして「あぁ、行くって言ってたぞ」と言うと、即座に

「なら私も行きます!」

と目を輝かせた。野島次長はフフっと笑っていた。

* * * * * * * * * * *

2次会は山下さんらしく赤提灯で行われた。

奥まったお座敷に7人が収まった。

「いやー役員がいると固っ苦しくてイカンですな。こうしてチームメンバーでこそ労い合えるってもんですよ」

「でも山下さん、次長まで呼んだのは、お財布代わりじゃないんですか?」

「バッ…、井上、お前モノの言い方をわきまえろ! PMOだから呼んだんだよ!」

井上くんもストレートな言い方してヒヤヒヤしたが、しどろもどろする山下さんにみんなが笑った。

「役職者からは徴収するぞ」

それを受けて野島次長が言う。山下さんは眉をハの字にして、またみんなが笑った。

次長をお誕生日席に据え、僕は敢えて井上くんと森田さんの間に座った。
橋本さんはしっかり前田さんの隣を陣取った。前田さんと次長の間に山下さん。
山下さんは上機嫌に次長の肩を抱きながら酒を飲んでいる。

みんな思い思いに過ごした。

「一応若手男性陣…が並びましたね」

僕は両サイドに声をかける。

「そうだね」
「森田さん、移行データマジでお疲れ様でした!」

僕を挟んで森田さんと井上くんの2人が乾杯した。

「飯嶌さんも初リーダー、お疲れっした!」
「あぁ、どうもありがとう…」

井上くんはとても楽しそうだった。笑うとやんちゃな顔になる。
向かいの橋本さんは身体ごと前田さんに向けて、熱心に話を聞いている。

会が深まって来るとみんなが入り乱れだした。井上くんが前田さんの隣に移動し、橋本さんと挟む形になった。酔ったおじさんと化した山下さんは森田さんを呼びつけた。

必然的に、野島次長が僕の横に来た。

「お疲れさんだったな、飯嶌」
「いえ、皆さんのお陰ですホント…。僕リーダーって言ってもみんなが優秀だったから…」
「ずいぶん謙遜するじゃないか。…まだ飲んでるか?」
「あぁ、もうジンジャーエール飲んでましたが、次長が注いでくださるのなら、いただきます!」

そう言ってグラスを差し出すと呆れた顔をされたが、ビールを注いでくれた。僕ももちろん次長のグラスに注いだ。

「次長からは本当にたくさんのこと教わりました」
「俺は何もしてないぞ」
「うっそ、またまたぁ。次長こそ謙遜し過ぎですよ」

次長は笑った。リラックスした笑顔で、一仕事終わったんだなぁと改めて実感する。

「“苦手な人こそ懐に入れ” は良かったです。僕、嫌いな人はいないけど、苦手な人多かったんです。でも鈴木課長の例みたいにスッと入ってしまうと…全然仕事やりやすくなって。最初から自分で苦手な壁作ってただけなんだなぁって思いました」

野島次長は穏やかな顔で「よく気付いたな」と言った。

「あと、たまに次長とさし飲みして、色んなお話が出来たことも、僕の人生の糧になりました」
「大袈裟だろう」
「大袈裟じゃないです。次長はご自身も周囲の評価も完璧なんだろうと思っていました。でもそうじゃないと言われてショックでした。ただ、だからこそ乗り越えたり奮起してここまで来られたんだと思うと…ますます頭が上がらないって言うか、雲の上感増したって言うか」

「その割には俺に酌させたじゃないか」
「いや、それはですね。心の距離が縮まった証拠でして」
「お前らしいな」

野島次長はまた笑った。

「…異動して良かったです。呼んでくださってありがとうございます」

改めて頭を下げると、次長も膝に手をついて「こちらこそ」と言った。

「飯嶌が来てくれて良かったよ。それでお前の配属先なんだけどな…」
「は、はい」

僕は少し緊張した。
部付はプロジェクト期間の一次配属だと聞いていたから、部の配下のどこかの課に行くことになっていた。

しかし。

「もうしばらく、今の所属のままにしようと思うんだが…、どうだ?」
「えっ、部付のままですか?」
「そうだ。前田が多方面に動いているのは知ってるだろう? 彼女は部の案件のサポートで入社したが、あまりにも仕事が出来るから、それがいいのか悪いのか…どんどん仕事が舞い込んでくるんだ」
「あの美しさも相待ったら、誰でも仕事頼みたくなりますね、うん」

次長は僕の額を軽く小突いた。

「だからお前も部の案件をさばいてもらいたい。主に配下の課にタスクを作って割り当て、管理することだ。前田が今までやってきたことだ。これからも2人で一緒にやって欲しい」
「ま、マジすか…。嬉しいような、怖いような」
「まだそんなこと言うのか」
「いえ、とんでもありません! やります!」

高らかに宣言するとみんながこっちを見た。
会話を聞かれていたわけではないが、みんな酔っ払っているので「何だか知らんが頑張れー!」と声援が上がった。

「よし、じゃあよろしく頼むな」
「はい!ありがとうございます!」

僕はまだこんな魅力的な人のそばで仕事ができることを、すごく嬉しく思った。
同期の中澤は先に出世したけれど、僕は役職よりもどんな人と仕事するか、の方が関心が強くなった。

そこで向かいの前田さんと目が合い、前田さんは軽くウインクしたあと、キラースマイルを浮かべた。

橋本さんとも目が合い、僕の顔がだらしなかったのか橋本さんは目をまんまるにして呆れた顔をしたので、僕は慌てて目を逸らした。

* * * * * * * * * *

ーブレイクスルー。

それは殻を破って、それまでにない自分を知ることでもある。
嫌な気分も時には味わないといけない。

でも味を知れば、対処もわかってくる。

強いリーダーシップを発揮できたかと言うと、そこは自信がないし、野島次長からも特にコメントはなかった。

ただ、今まで自分が避けてきたこと、面倒臭がって適当にやること、苦手な人は避けること、困っている人に対して見ないふりをすること…。

その辺りの心構えは正反対に変わったと思う。

地味で外見からは気づかれないかもしれないけれど、それは大きなブレイクスルーであったし、今までよりどれだけ仕事が楽しくなったかを実感して、達成感を得ることが出来た。

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END



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