見出し画像

飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #15 ~内部で対立することも、ある

20時過ぎ。
僕は情報システ部のフロアにいた。

もう他の部署の灯りは落ち、情報システム部のエリアだけが煌々としている。
そして他の社員は帰り始め、プロジェクトメンバーの僕と山下さんと井上くんだけになった。

その中、山下さんと井上くんが揉めている。

開発は概ね終えて、五月雨でテストチームに流れて行っている、その最中だった。

「まずいですよ。開発のテストレベルを落とすのは」

「今回はそこそこの人数のテストチームが控えているんだ。開発側のテストボリューム下げないと、スケジュールが大幅に遅れるぞ」

「でも結局その荒さで手戻って来たら意味ないじゃないですか」

「その時はその時だ。開発だってそんなに適当に作ってるわけじゃないだろう」

「そうですけど…!」

今まで見た事ないほどヒートアップしていて、僕はすっかり怖気付いていた。

「井上、お前の言うことはもっともだ。至極正しい。だがここはケースバイケースだ」

「…わかりましたよ。でも手戻りが多数発生しても、僕知りませんからね」

そう言って井上くんは帰ってしまった。
ため息をついた山下さんは時計を見やってから言った。

「飯嶌、ちょっと飲みに行くか」
「えっ…今の件、大丈夫なんですか…?」
「まぁまぁ。今の今どうなるって話じゃないからな」
「でも…」
「飯嶌リーダー!」

山下さんは強い口調で言い、僕は少々気圧される。

「は、はい」
「野島次長に注意されていないかね、“でも“ と ”だって“ は禁止だって」
「あ…」

山下さんはニヤリと笑った。
結局、僕は山下さんと2人で飲みに行くことになった。

* * * * * * * * * *

会社の近くにある、山下さん行きつけの赤提灯へ連れて行ってくれた。
店のオヤジとも顔馴染みらしい。

山下さんは「男なら生ビールじゃなくて瓶だからな」とよくわからない哲学でもって、瓶ビールを頼み、僕に酌をしてくれた。

「飯嶌、ここのタコブツが旨いんだよ。お前も食え」
「はぁ…」
「なんだお前、タコ嫌いか?」
「いえ、僕は嫌いなものはほとんどないです」
「おぉーいいことじゃないか! 何でも食べられるってのは強みだぞ」

僕はそれが強みとするところがよくわからなかったが、一口いただいた。

「おぉ、本当だ。絶妙な柔らかさっすね」
「だろう?」

山下さんは自分の好きな酒の肴を頼み、僕にどんどん進めてくれた。大人の食べ物と思っているものが多かったが、どれも美味しかった。

しばらく他愛も無い話や、プロジェクトのことなど話し、お酒も少々入ってきた頃に、僕は切り出した。

「山下さん、今日井上くんと揉めていた件って…」

「あれか。開発側で実施するテストをどこまでやるかって話だ。小難しい話してもアレだから。ここは俺たちに任せておけ。明日結論出すから、それをテストチームに了承を取りに行こう」

「まぁ…システムのことはお2人に任せておけば問題ないとは思ってますけど…、なんか僕は無知で無力だなぁって。野島次長はどうして僕をリーダーにしたのか、ホント不思議ですよ」

山下さんは新たに注いだビールを半分くらい飲み、やれやれ、といった顔をした。

「"やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ"」
「…なんすか、それ」
「お前、山本五十六を知らないのか」
「聞いたことあります。戦争中の人ですよね?」
「お前、小学生みたいな解釈…まぁいい。要はそういうことだ」
「はぁ…わかったような、わからないような」

「野島次長が山本五十六のこの名言をモットーにしているかは知らんがな。人を育てるにはやらせるしかない。頭だけでは何も動かない。やるしかないんだよ」

僕は山下さんの言葉を聞きながら、野島次長の言動や行動を思い返していた。

「野島次長だって、若い時は…まぁ今も若いけど、それでも役職に就くのが早かったから、やっかみを言う奴は結構いたらしいぞ。今も役員会議ではチクチクと攻撃を受けることもあるって聞いたことあるぞ」

「それ…以前次長が僕に話してくれたことがあるんです。それでものし上がってやろうと思ったって。それで僕がくすぶってちょっと悔しい思いしているのを知って、何とかしたいと思ったって。
でもどうして野島次長はそんなことくらいで僕に目をつけたんだろうって。育て甲斐のある部下なんて次長の周りにいーっぱいいるんですよ?」

「知らん」
「山下さぁん」

まぁまぁ、と山下さんは僕をなだめた。

「惚れたんだろ、お前さんに」
「えっ!? 山下さんもそんなこと言うんですか?」
「も、ってことは誰かも言ったのか」

「次長本人です。惚れたっていうか "残念なイケメンとか言われちゃうヤツが好きだ" って言われたんです」

「じゃあおかしかないだろう。本当のことじゃないか」

「でも他に優秀な人たくさんいて、こういうプロジェクトはそういう人がアサインされるべきだってつくづく思ったんです。どうしてこの場面での抜擢だったのかなって」

山下さんは僕のグラスにビールを注ぎ足しながら言った。

「実は…野島さんと2人で飲みに行った事があるんだ。その時にお前さんのこと、ちょっと話してな」

「えっ、いつの間に?」

「キックオフの前に野島さんが俺のとこ来てさ、メンバー編成について説明してくれたんだ。"本来なら山下さんがリーダーになるべきですが、今回は若手を育てるプロジェクトの意味合いもあるので、飯嶌にやらせたい" と」

「そうだったんですか…」

「まぁそうですか、と了承はしたんだが、やはり少し経ってから、あまりにも自信がない振る舞いが目について、野島さんに話に行ったことがあるんだよ」

初めて聞く話だった。

「そしたら野島さんが "軽く飲ながら話しませんか?" って誘って来て。俺もちょっとビビっちゃって。怒られるのかなぁって」

「…怒られ…はしませんよね…」

僕は希望を込めてそう言った。
いつか次長の奥さんが言ってた。あの人、怒ったりしないのよって。

僕は怒られっ放しだと思っていたけど、そうじゃなくて。
怒りの感情をぶつけられたことは、よく考えたらなくて。

全部、厳しく明確な指針だったんだと、ふと気がついたんだ。

山下さんは豪快に笑った。

「もちろん怒りゃしないよ。そこで聞いたんだよ。お前さんに対する熱い思いをさ」

「熱い思い…?」

「詳しくは言えない。野島さんから釘刺されてるから。でもお前さん、本当にラッキーだと思うぞ、今の状況」

「結局教えてくれないんですか」

僕は少々ふてくされた。
山下さんはビールをあおって言った。

「本人の口から聞けるだろう、お前さんなら」
「次長の口からですか? 話してくれますかね面と向かって」

山下さんは顎の下で手を組んで、真面目な顔をして言った。

「直属の上司じゃないか。腹割って話せるだろう」
「…」

山下さんは僕の肩をポンポンと叩いた。

僕はプロジェクトの開始から半年余りが過ぎて、これまで次長や前田さんや山下さん、チームのメンバーから教わったことを思い返していた。

「僕…入社して6年も経つのに、今まで何やってたんだろうってくらい、この半年の中身が濃過ぎました」

「そうか」

「前の部署ではきついノルマもないし、先輩は仕事のやり方は教えてくれましたけど、なんていうか、マニュアル通りに動けば良くて、余計なことは考えない、事を大きくしない。そんな空気だったんです」

「まぁ、お役所みたいな法人を相手にした営業だったからな」

「でも企画営業部は正反対で。海外のセクション相手にしているって聞いただけで、別世界だなって思ってたのに、まさか自分が…。しかもあの野島次長が僕を…。そりゃ何でだよって思う僕の気持ちもわかってくれますよね?」

「あぁ、わかる。だからこそ、さっき俺が言ったことだ」

「ラッキー、ってことですか」

山下さんは大きく頷いた。

「まぁ、お前さんはもう少し自分の言葉で、自分自身を固めてみろ。言語化するってことは相当重要なことだ」

「…」

「野島次長は頭のいい人だ。お前さんの目つきを見れば本気かどうかすぐわかる。嘘はすぐバレるぞ」

「…わかりました」

僕は急に野島次長が誇らしく、誰よりも優秀で有能な上司である事が、嬉しくてたまらなくなった。

「飯嶌、何お前にやけてんだよ」
「あぁぅっ、いえ…なんでもないです…」
「よーし、じゃあもう1本飲んでおくか!」
「あ、いや。僕、お酒はほんと弱いんでもう勘弁してください。明日に響いちゃいます…」

情けない声で僕がそう言うと、山下さんは豪快に笑って「なんだ残念だな」と言った。

「まぁいい。カットオーバーの暁には大々的に打ち上げやるぞ。プロジェクト全体でもやるだろうが、チームででもだ。その時は朝までにがさないからな!」

「もう山下さん、やることが昭和っすよ、朝まで拘束するなんて」

再び山下さんは豪快に笑った。

野島次長は山下さんにまで、僕をよろしく言ってくれたのかと思うと、やはり疑念を抱き続けるより、期待に応えるよう考えて、行動して、言葉にして伝えていこうと思った。

僕は山下さんと話をして良かった、と思った。

-------------------------------------

第16話につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?