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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #7 ~決起集会

その晩。

プロジェクト推進チームの決起集会を、会社の近くの居酒屋で開催した。

前田さんにも参加してもらうように説得したが、どうしても都合がつかないといい、残念ながら参加出来なかった。

チームはシステム部から山下課長と井上くん、企画営業部から森田さんと橋本さん、そして前田さんで構成されている。

山下さんは社歴は3年ほどだけど課長職、元SIerで36歳、経験は豊富らしい。井上くんは1つ後輩の4年目で、プログラマーとしてとても優秀だと聞いた。
森田さんは僕の1つ先輩の6年目で、既にいくつかのプロジェクトの経験は持っている。橋本さんは唯一の女性で、井上くんと同じく1つ後輩の4年目。彼女も小規模のプロジェクトは経験があるとのことだった。

「皆さんお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます! 長丁場のプロジェクトになるかとは思いますが、カットオーバー目指して頑張っていきましょう!」

僕のまずまずの発声で乾杯した。

「まぁまずはお互いの顔とか人となりがわかってないと、話したいことも話しづらいからな」

山下さんが、年長者らしく言った。
他のメンバーからも「確かに!」と声が上がった。

「飯嶌さん、前田さんの向かいの席ですよね。羨ましい。今日来られなくて本当に残念。私、前田さんにすごく憧れているんです」

そう言ったのは企画営業部商品企画課の橋本さんだ。

「え、次長じゃなくて、前田さんなの?」
「前田さん、すっごく美人じゃないですか。スタイルも抜群だし、仕事もめちゃくちゃ出来るし。あぁいう大人の女性になりたいなって思って」

なるほど。同性の憧れか。

僕は前から思っていた疑問を、さり気なくぶつけてみることにした。

「前田さんって、彼氏いるんすかね? いますよね、あんな美人。周りがほっとかないっすよね」

しかしみんなの反応はイマイチだった。

「あの人、あまり飲み会とか来ないし、そういう話ができる接点もないから、わからないんですよね」

そう言ったのは同じ企画営業部マーケティング課の森田さんだった。
「忘年会に一度顔出したことあったくらいかなぁ」

「私、その時いました! でも確かにあまり話出来なかったです」
「飯嶌くんが一番話しやすいポジションじゃない。今度訊いてみてよ」
「はぁ…」

無駄だったか。

「飯嶌くんは異動してきていきなりプロジェクト参画でしかもチームリーダーだけど、なんか経緯あったの?」

そう訊いてきたのはシステム部の山下さんだ。プロジェクトメンバーとしては「課長と呼ぶな」と言われているので "山下さん" と呼んでいる。

その質問は僕が訊かれて一番困るやつだ。

「野島次長の…無茶振りっていうか…」

半分冗談っぽく言うと、みんな納得顔した。

「あの次長、無茶振りするってよく聞くよ」
山下さんがそう言うと、

「でも、嫌なこと押し付けてくるわけじゃないですよ。とてもよく考えられているんです」
と、森田さんがフォローした。

「まぁ、飴と鞭っていうか、頭いい優秀な人だとは聞くな」

「山下さんは野島次長と仕事するの、初めてですか?」

「うん。俺はここまで他部門をまたぐプロジェクト参加は、この会社では初めてなんだ」

「野島さん、やばいっすよ。あの人システムの経験ないはずなのに、勉強しているのか、結構対等に話せますよ。そういう営業系の人ってまずいないですから」

井上くんは一目置いているらしい。

「あ、あの、プロジェクト推進って、僕やったことないんですけど…やったことないのにリーダーって本当に申し訳ないんですけど…どんな感じで今までやってたんですか?」

僕はみんなに訊いてみた。

「僕も推進チームは初めてなんですよね。でも過去見てきた感じで言うと、とにかく工程管理、チーム間に入って折衝って感じですかね」

森田さんがそういうと井上くんも便乗した。

「僕も推進チームは初めて。システム部から参画するのもなんでかなって思いました」

「今回はシステム開発案件だから、システムのことわかってる人間がいないと、うまく進められないと思ったんだろう」

山下さんが答えた。続けて橋本さんが訊く。

「実際に基幹システムを使う部門の人も入ってないのはどうしてですか?」

「ユーザーは客観的視点で推進していくのは難しいだろう」

やはり山下さんが答えた。実質山下さんがリーダーみたいなものだよな、と僕は思う。

「だからこその、今回のチーム編成なんですね。企画は顧客の要求を満たすことを、システムは仕様をもれなく盛り込むことを。そして全体のチェックを。このメンバーなら出来るはずです」

僕がそう言うと、4人は顔を見合わせて頷いた。山下さんが言う。

「推進チームは全体に大きな影響力を持つ。俺たちでつまづいたらみんなダメになる。責任重い分、やりがいは絶大だ」

「おそらく途中で仕様を追加するとか変更するとか色々出てくると思うので、その優先順位付けとか取捨選択とか、そういった判断をしっかりやれるか、リーダーとして不安です…」

僕がそう言うと森田さんがフォローしてくれた。

「始めのうちは一人じゃ判断も難しいだろうから、チームで相談して、納得した上でリーダーから発してくれればいいんじゃないかな」

「ありがとうございます」

僕はチームメンバーに恵まれたな、と思った。嫌なヤツ、一人もいないのだから。

「まず管理計画とWBSの作成を行っていく必要がありますね。課題は既に20以上あがっているようです。早速明日から朝会と夕会を実施していきましょう。システム部のフロアがいいですかね?」

僕が提案すると、みんな異議はなかった。

* * * * * * * * * *

翌日午前。

野島次長は引き続き休みとのことだった。僕は前田さんと軽く朝会を行い、この後すぐチームメンバーと目標設定のミーティングを行う、と伝えた。

事務局も兼任している前田さんはその集まりには参加できなかったが、他のメンバーで決めてもらっていい、と委任された。

なんだかんだ2時間ほどかけて話し合い、午前中のうちに設定を終えた。

僕たちはいくつかある目標設定のフレームワークのうち、OKR(Objectives and Key Results)を取り入れた。
プロジェクト全体の目標を筆頭に置き、そこからチームとしての成果物を置いて個人の目標をぶら下げてみる。それがやりやすいだろう、という意見が出たからだ。

それぞれの目標を立てる時は、定番の『SMARTの原則』を踏まえた。

・Specific=具体的
・Measurable=計測可能
・Achievable=達成可能
・Result-based=現実的な成果 ※Rの定義は他にもあります
・Time bound=期限が明確

各々の目標がこの原則に当てはまっているかを、メンバー全員でチェックする。
進捗管理に関しては報告を鵜呑みにせず、なるべく目で確かめること、実際の乗客を把握すること。なのでメンバーが自ら直接具体的に確認を週に2回行うとした。
遅延になりそうな素因はここでチェックする。

WBSはどんどんリアルタイムで更新していくために、backlogを使うことにした。これを元に週次のリーダー報告会で僕が報告する。問題・懸念はこのためにまとめておく(タスクに積む)。

リスク管理はこのヒアリングから上げていき、場合によってはPMOに相談する。積みっぱなしにならないよう、優先順位付けを都度行う。これもなるべく始めのうちは野島次長にヘルプしてもらおう。

コミュニケーション管理は…言った・言わないや、齟齬もそうだし、普段から円滑に進むように和やかな環境を作ることも重要だ。
進捗管理でメンバーがそれぞれ現場に出向くから、顔を売りながら潤滑油の役割を果たすようにしよう、と話し合った。

あとはセクションによって使う言葉が微妙に違うと思わぬ齟齬を生むとのことで、プロジェクトで使用する辞書作りを早々に着手しよう、となった。これは全プロジェクトメンバーに周知する必要がある。

「うわぁやることいっぱいあるなぁ」

僕が頭を抱えると山下さんから

「何言ってる。序の口だぞ」

とたしなめられた。

それぞれ作業担当などを決めて、午前中いっぱいかけてミーティングは終了した。

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第8話へ続く

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