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【連載短編】あなたがいないとしても #4

6月に入って予定日が近づいたが、残念ながらロックの日にロックな子を産むことは出来なかった。けれど予定日を過ぎた頃、お腹の張りがキツくなってきて、いよいよだな、と構えた。

6月14日。

「お母さん、ちょっとやばいかも」

激しい腹痛が襲った。トイレで感じた異変を話すと、

「それ破水かもね。ぼちぼち病院行こうか」

母がタクシーを呼んでくれ、付き添ってくれた。ちなみに付き添ってくれたのは母だけ。

病院に着くと待ってました、と言わんばかりに陣痛の波が押し寄せた。
うそでしょ、と思うほど痛かった。

診察も「いつ出てきてもおかしくないね」ということだったので分娩室に移された。

ここまでスムーズだったので、すぐに産まれてくるものだと思っていた。
ところが、現実はそんなに甘くなかった。

すぽっと、でてくるわけではなかった。

もう腰が折れるんじゃないか、身体が裂けるんじゃないかっていうくらい痛いのに、詰まったまま。そんな感じだった。

まだいきんではいけないと言われたので、母があたしのお尻にテニスボールを充てがった。マジか、と一瞬思ったけれど、すぐにどうでもよくなる。
呼吸の指示もあるけれど、すぐにどうでもよくなる。怒られてまた、呼吸を整える、の繰り返し。

時間もどれくらい経ったのかわからない。
痛みの感覚もいよいよ絶え間なくなり、あたしは叫び続けた。
もう言葉・単語にもならず、喉の奥から声を振り絞るといった感じだ。
野生化、と言っても良かったと思う。

痛すぎてもう無理。母強しとはこのことか、と思った。
もう何でもするから勘弁してください!

そんな激しい痛みの中でふと、急に、アイツの姿が浮かんだ。

真っ白なシャツ着ている。
背を向けているけれど、首だけこちらを向いている。
笑ってはいない。
何か言いたげな、すごく悲しい顔だった。

なに? なにを言おうとしているの?

そしてフッと姿が消える。

「うわあぁぁーーーーーっ!!!」

あたしも泣き叫んだ。

「のしまぁぁぁ…っ!」

会いたい…会いたいよ。
お願い。離れていかないで。あたしのそばにいて。
お願い。消えないで。

お願い。


「もうちょっとですよ!頑張って!!」

ぐうぅぅぅぅっと、信じられない大きさのものがお腹からおりていくのを感じた。

そして。
日が変わって6月15日、深夜。

「うぎゃぁぁぁぁっ!」

あたしの声ではない、泣き叫ぶ声。

「川嶋さん! よく頑張りました! 男の子ですよ! すごく元気。ほら」

取り上げた助産師があたしの胸元に、産まれたばかりの赤ちゃんを載せる。

力一杯という感じで泣いている。
顔、真っ赤。
しわくちゃ。
ぜんぶ、ちっちゃ。

男の子…。

産まれたんだ。

またあたしは、泣いた。
感動しちゃって。感極まっちゃって。
無宗教なのになぜか「神様!」と叫びたくなった。
ありがとう、と。

助産師が赤ちゃんを一旦取り上げると、母があたしの手を握った。

「頑張ったね」

母の目にも涙が浮かんでいた。



きれいに洗われて真っ白な肌着に包まれた赤ちゃんを、再び抱っこさせてもらった。

ずっしりと重たく感じた。
こんなに小さいのに。

男の子、か…。

「野島…」

産まれちゃった。
ごめんね、勝手なことして。
でも野島を失った喪失感から救われたと思うんだよね。
死んだように生きて行くのは辛すぎるんだもの。
心に穴を開けた張本人が、その穴を埋めるかのごとく、こんな命を残していったのは皮肉中の皮肉だけれど。

去るもの、そして、やって来るもの。
入れ代わり、立ち代わり。

「似てるのかな…」

アイツ似かあたし似か全然わからない。さすがにまだわからないか。

「お前のこと、なんて呼ぼうかね」

そうだ。アイツの名前から、ちょっともらっちゃおうかな。気持ち悪がるかな。悪趣味かな。
でもアイツがこの子の存在を知ることはたぶん一生ないから、いいっか。

「お前の名前、"りょう" にするよ」

うんともすんとも返事はしないけど。

おかしいけどこれで、アイツにちゃんと一区切り打てる気がしてきた。
この子がいるから。
生まれ変わりっていうわけじゃないけど(死んでもいないし縁起でもない)。

これからきっと、想像も出来ないような大変な毎日になることだろう。
なんてったって "命" を産み落としてしまったのだから。

それでも絶対に、この選択は間違っていなかった、と思いたい。
あたしの意志で産み、あたしの意志で育てる。
お父さんがいなくても。

それが不幸だなんてことにさせないし、誰にもそんなこと言わせないから。

ね。
りょう、よろしくね。





END

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