見出し画像

飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #5 ~僕の部署のデリケートな話題?

キックオフミーティングを控えた週末。
就業後、野島次長が飲みに誘ってくれた。

「前田さんも一緒にどうですか?」

部署には実質3人しかいないしと思い声をかけたが、前田さんは瞬時に表情を強張らせたように見えた。
「私は…」

一瞬、野島次長を見やった。
野島次長は特に表情を変えずに前田さんの方を見て「飯嶌の歓迎会もしてないからな。でも無理強いはしない」と言った。

「行きましょうよ、前田さんと飲みたいです。あ、僕はお酒は強くないんですけど…あれ、もしかして前田さんも下戸ですか?」
「いえ、そんなことはないんですけど…」

チラチラと、野島次長を見ているような気がする。意に介していなかった次長も、前田さんに向かって言った。
「前田さえ嫌じゃなければ、たまにはどうだ?」

その言葉で前田さんは頷いた。

何かあるのか? 飲み会に? 僕に?
それとも次長に?

ともかく3人で、会社の近くにある牡蠣の店に行った。

クラフトビールのTapがあるというので、3人ともそれぞれ好みのグラスを頼んで乾杯した。

「前田さん、会社とは打って変わって、大人しいんですね」
「え…」
「前田は会社の飲み会があまり得意じゃないって言ってたよな」

野島次長がフォローを入れた。

「そうなんですか。でも今日は3人だけだし、気を遣うメンバーでもないですよ」
「前田が気を遣うのは食べるものだよな」

前田さんは少しはにかんだように俯いた。
さっきから野島次長のフォローが半端ない。

「朝会やってて思ったんですけど、次長と前田さんの呼吸がピッタリというか、次長が1言ったら前田さんは10返すっていうか、すごいなって思ったんです」

野島次長がチラリと前田さんを見る。

「前田は前職は外資系でバリバリやってたらしいからな」
「あ、転職で来られたんですか?」
「えぇ、去年の2月入社だから、本当は飯嶌さんより後輩なんですよ」
「なぁーんだ僕の方が先輩かぁ」

僕がふんぞり返ると、すかさず野島次長の小突きを食らった。少しだけ、前田さんが笑った。

「え、じゃあ前田さん、おいくつですか?」
「女性に年齢訊くのは、エチケット違反ですよ」

ちょっとしかめた顔の前田さんも、めっちゃかわいい。ビールを一口飲んで、彼女は言った。

「飯嶌さんよりは全然上ですよ」
「全然? え、30オーバーってことですか? 嘘でしょ?」
「ありがとうございます」

前田さんは鼻にシワを寄せてウインクしながら言った。

料理が運ばれてくる。

いぶりがっこが入ったポテトサラダ、分厚いハムカツ、梅水晶、産地の異なる牡蠣が3種類。

「これは日本酒だな。飯嶌は日本酒はアウトか?」
「うーん、得意ではないですが、週末だしせっかくなんでいただきます」
「前田はどうする?」
「飯嶌さんが飲むのなら、私もお付き合いします」

というわけで、無礼講タイムが近づこうとしていた。
が、野島次長は僕に「日本酒と同じ量の水を飲むこと」と促した。

野島次長と前田さんは、酒が強かった。特に前田さんは梅水晶と牡蠣しか口にしていないのに、酒はグイグイいった。
僕は水も飲んでいたつもりだったが、あっという間にフニャフニャになった。

どんな話をしたかあまり覚えていないが、始終楽しそうだったと後で前田さんが教えてくれた。

* * * * * * * * * *

「えぇー、前田さん、もう帰っちゃうんですかぁ?」

2時間も経たないうちに、そろそろ先に帰ります、と席を立とうとする前田さんに向かって僕は言った。

「まだ早いですよぉ。明日休みなのにぃ」
「ごめんね飯嶌さん。あまり遅いとお肌に悪いから」

前田さんが得意のキラースマイルをかましてきた。
「前田さんじゅうぶんお肌きれいですよぉ」

困ったように眉を下げた前田さんも、めちゃくちゃかわいかった。
「では、あとはお2人で忌憚なく」

前田さんが立ち上がる時に、サッと野島次長がフォローするように手を伸ばした。

「今日は大丈夫です。ありがとうございます」

前田さんはその手を遮るようにそう言って、店を出て行った。

”今日は” 大丈夫です…。
今日じゃない日は大丈夫じゃない時があったってことか?

僕はいつからこんな深読みするようになったか…。

なんか2人は…何ていうか…仕事以上のパートナーを感じるのだが。

「前田さん、めちゃくちゃ美人ですよねぇ。次長と息もピッタリだし。前に次長は一緒に仕事している中には魅力的な人もいるっておっしゃってましたけど、前田さんは絶対その内の一人ですよね? 揺れ動いたりしないんですか? それでも奥さんが勝ちますか?」

「お前な」

さすがに呆れた顔をされた。

「俺を陥れたいのか?」
「全くそんなことはありません」
「じゃあ訊くな。あとな、会社でそういう下世話なネタは絶対話すな」

鋭い目つきで言われ、僕はちょっと酔いが覚めた。

「他人の下世話な話がお前の人生に何の意味がある」
「はい、すみません…」

野島次長はこれまでに見たことのない怖い顔をしたが、やがてふっと力を緩めた。

「お前、同期に "残念なイケメン" って言われて悔しかったんだろ」
「はい…」
「俺はそういうヤツが好きなんだ」
「…はい?」

野島次長はニヤリと笑った。
「周りをギャフンと言わせたいじゃないか」
「次長ってサディスティックですね。中澤が次長のことドSだって言ってたの、本当だなって思いました」

また、小突かれた。

「異動する前、佐藤課長に言われたんですよ。企画営業部は厳しいぞ、潰されるなよって」
「潰すつもりはない。勝手に潰れなきゃいいだけの話だ」

怖い。
厳しい。
潰される予感満点だ。

「今まで、ガツガツやろうとか考えたことないです」
「じゃあ、モヤモヤしたまま、給料泥棒に徹してた方が良かったか」
「…」

野島次長は僕を覗き込むように顔を近づけた。

「お前は妙に人をよく見てるからな。その見る目を少し変えれば、お前は豹変するぞ。どうすればいいか、俺がとことん教えてやる」

野島次長のサディスティックな微笑みに、僕は震える思いがした。

--------------------------------------

第6話へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?