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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #8 ~次長への出産祝い

「あ、本当ですか。おめでとうございます!」

昼休みが終わってしばらくした頃。
電話に出た前田さんのその言葉で、野島次長の子供が無事産まれてきたんだと悟った。

「え、今から? そんな無茶なさらず、今日くらいはゆっくりしてください。こちらは大丈夫です。…飯嶌さんのタスクも昨日お話して…はい」

僕の話になるとドキっとする。
前田さんは僕をチラリと見ると、ニッコリ微笑んだ。

「女のお子さんがお産まれになったそうですよ」

前田さんは電話を切ってにこやかに僕に伝えてくれた。

「女の子かぁ。嫁に行く時、大変っすね」
「早すぎませんか、その心配」

僕たちはクスクスと笑った。

「次長は終日お休みになりますが、Backlogは確認しておくとのことでした。それより飯嶌さん、良かったら部下として出産祝いをお贈りしたいなと思うのですが、一緒にどうですか?」

「いいっすね! どうしようかなって思ってたんです。こういうのって何が欲しいか、本人に訊くってダメなんすかね?」

「そうですね…目上の方なので…」

「あ、僕いいこと思いついた。一旦モノは僕の方で調査しますので、ちょっとお時間ください」

前田さんは疑心暗鬼なのか狙っているのか、上目遣いのアヒル口で僕を軽く睨んだ。

* * * * * * * * * *

翌日の朝、僕より早く野島次長は席にいた。

「おはようございます。それと、おめでとうございます!」

次長は照れくさそうに「ありがとう」と言った。

「実はですね、前田さんと僕からお祝いをお贈りしたいと思ってるんですけど」
「いいよそんな」
「まぁそうおっしゃらず。それでですね、奥さんに何が欲しいか、訊いてもらえませんか?」

野島次長は怪訝な顔で僕を見た。僕は負けじと営業スマイルをかました。

「ぜひ、奥さんに訊いて、教えてください」

前田さんが出社してきて、野島次長から奥さんに何がいいかヒアリングを依頼をしたと伝えると、目を丸くした。

「それを次長にお願いしたんですか!?」
「だって、僕が直接奥さんに訊くわけにはいかないじゃないですか」
「まぁそうですけど…そうですけどって言うか!」

前田さんは小さくため息をついて野島次長を見やった。次長の元には既に押印だの承認ごとだのでひっきりなしに人がやってきている。

「次長ってなんていうか、次長じゃなくて部長代理ですよね」
「飯嶌さん、今はそれはどうでもいいです。まぁ、仕方ないですね。次長がなんておっしゃってくるか、待ちましょう」
「あ、そういえば写真撮ってるはずですよね、赤ちゃんの。見せてもらわないと」

そう言うと前田さんは、ちょっと微妙な顔をした。

「あれ、前田さんて子供が苦手なタイプですか?」
「そんなことはないです。まぁ、大好きかって言われたら…そうでもないですけど」
「でも次長の娘さんだったら見てみたくないですか?」
「もう、飯嶌さん。たまに無性にあなたが羨ましくなります。それよりそろそろ仕事。朝会の準備してください」
「僕のことなら遠慮なくどんどん尊敬してください」
「尊敬ではありません」

またもピシャリと言われてしまった。次長と言い前田さんと言い、みんなSだな…。僕は鍛えられそうだ。

その日の朝会で、このメンバーでもGood&Newをやりましょう、と提案し、承認された。

「じゃあ今日は次長からお願いします。ネタが絶対あるので」
「わかりきってるのにあえて振るのか」

そう言いながらも口元の緩む次長は、ちょっとお茶目だった。

「そうだな。昨日の朝、無事に娘が産まれたことがGoodでもあるしNewでもあるな」
「まさに!」
「ボールがないけど、じゃあ次は飯嶌だ」

「僕は一昨日にチームメンバーが集まって決起集会を開き、その勢いで昨日の午前中にミーティングを開きましたが、3つの管理について具体的な作業が見えたので、それがGoodです!」

そう言うと野島次長も前田さんもにこやかに拍手をしてくれた。

「決起集会には参加出来なくてすみませんでした。でも飯嶌リーダー、張り切ってますね」

前田さんが嬉しそうに言ってくれた。

「じゃあ前田さん、最後にボール渡します。ボールはないけど」

「私ですか。そうですね…猫を飼おうと思って、昨日の会社帰りにペットショップへ寄りました。かわいいコがたくさんいて、Goodでした」

おぉぉ、と野島次長と僕で拍手する。

「でもペットショップより、里親探しで見つけた方が良くないですか?」

僕がそう言ったときに野島次長から注意が飛んだ。

「Good&Newでは反論してはダメ。あとお前は "でも” 禁止。”だって” も禁止だからな」

「は…はい。すみません」

前田さんは「これからはペットショップだけじゃなくて、幅広くチェックしてみようと思います」とフォローしてくれた。

「飯嶌、チームの朝会が終わったら俺のところに来い」
「は、はい」

何かな、と一瞬不安になったけれど、一昨日次長が話すと言っていた問題と課題の考え方について説明してくれた。

「問題、課題、要因、原因…似たような言葉がたくさんあるが、リーダーになった事を機会に区別して使い分けろ。今から説明する」
「はい、お願いします」

野島次長は『日本工業規格 JISQ9024:2003』からの引用として説明してくれた。

「問題というのは、設定した目標と現実とのギャップの中で、対策して克服を必要とするもの、としている。その問題を解決するための具体的な対策が課題だ。つまり課題は何をしたらいいか明確にする必要がある」

「問題と課題って、別物なんですね。同じものだと思っていました」

「まぁ混同して使われる場面もよくあるけどな。リーダーであるお前は特に分けて考える必要がある。何が問題で、どう対策したらいいか、具体的に考える。解決策と言い換えてもいいな」

「わかりました」

「次に要因と原因だ。要因はある現象を引き起こす可能性のあるもの。これはリスク管理にも相当する。原因は、その要因の中である現象を引き起こすと特定されたものだ。原因は更に直接原因と根本原因には分けられる。例えば顔に吹出物が出来たら直接原因、根本原因は睡眠不足だとかい、そんなイメージだ。直接原因だけ対処しても根本がそのままでは、また再発する。そうならないために対応するのが課題対策、そして再発防止だ」

野島次長は自席の背後にあるホワイトボードを使って時に図解を交えながら説明してくれた。

「推進チームは全体を俯瞰して問題の抽出、要因分析、解決策の検討と実施促進、再発防止策の実施や推進をするのだから、まずこういう用語を正しく理解していくのは重要だ。今から強く意識して取り組め」

「はい」

僕は手元にもメモを取りながら、そんな能力あるだろうか、と不安になっていた。
そんな僕に気づいたか、野島次長は言った。

「気楽にやれとは言えないが、一人で抱え込むなよ。チームメンバーとどんどん話し合え。前田もいるしな」

「次長もいてくれますよね?」

野島次長はちょっと肩をすくめたが「もちろん」と言ってくれた。

「タスクチケットを起票する際は、さっき挙げた要点を記載するようにしてくれ」

「わかりました」

その時、次長の胸ポケに入っていた会社携帯が震え、出るとしまった、という顔をして電話口で謝っていた。

「話に白熱して打ち合わせすっぽかしそうになった。何かあればいつでも相談に来い」
「はい、貴重なお時間いただきありがとうございました」

野島次長はニヤリと笑って、ノートPCを抱えて慌ただしく会議室へ向かっていった。

自席に戻ると前田さんがモニターの隙間から顔を出してサムアップした。

僕は自信満々というわけにはいかなかったが、サムアップで返した。

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第9話へ続く


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