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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #4 ~飯嶌、リーダーだってよ!

朝は朝会から始まる。朝礼ではない。朝会。

メンバーは野島次長と前田さん、それに僕。
ちなみに僕が異動してきたから朝会を始めることにしたらしい。

朝会では今日の予定のトピックと、問題になりそうな事案があったら共有する。前日に残業をしていれば、その内容も伝える。

野島次長がササッと話したことを前田さんが的確にキャッチして、いつまでに何を準備すればいいのか、懸念事項は何があるかを伝える。

僕はその阿吽の呼吸みたいなものに圧倒されてしまった。

野島次長は僕に、「伝えた内容に齟齬がないか」「リスクは何か」「作業進捗を把握しているか」かを意識して話せと指導した。前田さんの話し方は、その見本なのだと気づく。

「それとこれ、最新のプロジェクト体制図だ」

野島次長から渡された図を見て、僕はギョッとした。

僕がプロジェクト推進チームのチームリーダー(TL)として記載されていたからだ。チームメンバーには前田さんもいた。

業務としては僕より先輩の前田さんが、僕の下に付くのはおかしくないか、と思った。
僕は前の部署ですら、こんな大きな役どころなんて経験したことがないんだぞ。

僕の上には、PMOとして野島次長の名前がある。オーナーは取締役、PMには企画営業部長とシステム部長の名前があった。

「待ってください。僕、いきなりTLですか? しかもプロジェクト推進チームって…」
「そのために異動してもらったんだ。メンバーには顔売っておけよ。キックオフは来週月曜、10時からA会議室だ」

前田さんが 「承知しました」 と答え「じゃ、終了」と野島次長が短く告げて朝会は終わった。

「飯嶌さん、TLということは、飯嶌さんがこういった朝会や夕会を運営していくことになります。野島次長はその練習も込めて、3人で朝会を開こうとおっしゃいました」

野島次長が去ると前田さんがそう教えてくれた。

「でもいきなりリーダーなんて…。このチームPMO直轄だし、名前からして相当重要な役どころですよね? しかも先輩の前田さんが僕の下に付くなんて、おかしくないですか?」
「飯嶌さん、次長なら今の飯嶌さんになんて言うと思いますか?」
「…出来ないじゃなくて、やるんだよ。って言いそうです」
「その通り」

前田さんは人差し指を立てて、キラースマイルを浮かべて言った。

「安心してください。野島次長は放任主義ではありません。リーダーとしてどう振る舞えばいいか、じっくり教えてくれるはずです。逆にすごくいい機会ですし、次長が自らその役を買って出ているということは、飯嶌さんに相当期待しているんだと思いますよ。私は事務局経験が多いので同じチームに参加しますが、私はどんどん動き回る役どころなので、リーダーはどんどんこき使ってくださいね」

それでも僕は安心は出来なかった。恐れ多すぎる。

しばらくして別の朝会から戻ってきた野島次長が僕にこう説明してくれた。

「メンバーにはシステム部所属の人もいる。ユーザー観点とシステム観点が必要だから混合チームにした。お前より経験のある社員はオブザーバー的な役割もある」

「僕、そんな経験者を差し置いてリーダーなんて反感くらわないですか?」

「いいか飯嶌、リーダーというのは本来どんなシーンでも発揮すべきスキルだ。お前のチームには様々な部署から参画して、今回の任務の経験者も未経験者もいる。ただみんな優秀で、それなりに選ばれたメンバーだ。まずはメンバーと親睦を深めることだな。営業経験なのだから、初対面でも対話のスキルはそれなりにあるだろう? 今までただ給料泥棒してきたわけじゃないだろうからな」

「痛いとこ突きますね…。頑張ります。メンバーがどう思うかわかりませんが…」

「ネガティブなこと言わない」
「すみません…」

チームの運営には次のアドバイスを貰った。

「プロジェクト推進のポイントは、コミュニケーション管理とリスク管理とスケジュール管理だ。まずはチームメンバーの話もしっかり聴いて、潤滑させること。最低でも朝会と夕会は毎日実施すること。朝会の時はGood&Newのワークをやるといい。知ってるか」

「いえ、知りません」

「Good&Newというのは、24時間以内に起こった何か良いこと(Good)か、なにか新しい気付き(New)を1分以内で話す。小さなボールのようなものを用意して、次の話者にはランダムにそのボールを投げて、受け取ったやつが話す。これをチームメンバー全員でやる。話者に対して意見を言ったり反論してはいけない。話し終わったら拍手、笑顔で」

「難しくないですか。毎日24時間以内に良いことや新しい気付きなんて、そう無いですよ」

「そうじゃないんだ。どんなに些細なことでもいいからとにかく言うことが大前提ルールだ。晩飯が美味かったでもいいし、朝の通勤電車で座れた、とかでもいい。これを続けてやる意味は、次の朝会で良いことか新しい気づきを話さなきゃいけないから、頭がそういった事柄を探すようになる。そうすると、ボジティブ思考のトレーニングになるんだ」

「はぁ…」

「プロジェクトっていうのは、何かとギスギスする。でもチームメンバーがそういったワークを行っていれば、人となりもわかってくるし、メンバーがどんなことで喜ぶのか、とかわかってくるだろう。深刻な悪い雰囲気には陥りにくくなる」

「そういうものですか」
「まぁやってみろ」

みんなが大絶賛する野島次長の言うことなのだから、僕が半信半疑になるよりやってみた方がいいのだろう。

今回はシステム開発案件のため、いくつかに分かれた開発のチームにはベトナムに拠点を置くオフショアもある。おそらくそこで前田さんが通訳やドキュメントの翻訳なんかで参画するのだろう。

スケジュールも再度確認すると、カットオーバーは8ヶ月後だった。

「言っておくがこの8ヶ月後のカットオーバーは、まぁこの規模のものだと、無茶苦茶だ。工数計算がまだ終わってないしな。要件定義はおそらく1ヶ月半かけられるかどうかだが、そんなこと本当だったら、今こうして話なんてしているヒマはないからな」

「え…間に合わなかったらどうするんですか…?」
「運営側の誰かが責任を取るんだろうな」
「運営側って…僕たちですか?」
「安心しろ。お前らはまだそこまでの責任には問われない。まぁ、俺の首が飛んだりしてな」

野島次長は淡々と言ったが、僕は改めて大きなプロジェクトにすっかり怖気づき、変な汗をかきそうだった。

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僕は野島次長の「顔を売っておけ」というところから始めるしかないと思い、まずチャットツールで自分のチームのチャンネルを作り、メンバーを招待して挨拶した。

企画営業部の飯嶌です。プロジェクト初参画でリーダーなんておこがましいとは思いつつ、一生懸命やりますので、よろしくお願いします!

メンバーはそれぞれ "よろしく" とか、エモティコンを送ってくれた。反応はまずまずかなと思う。
後で直接、挨拶しに行かないとな。

ステークホルダーに対しては、部署も多岐だし役職者も多いので、どう接触すれば良いか。ここは野島次長に相談してみようと思った。

まず何はともあれ、来週月曜のキックオフミーティングだ。

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第5話へ続く


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