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飯嶌、ブレイクスルーするってよ! #22 ~周りに恵まれて成長できたかな、と

いよいよ大詰め。
1回目のリリースリハーサルを迎えた。

初回は日中、みんなが通常業務を行いながら、時系列に実施していく。まずは各セクションの手順確認の意味合いが強い。

そこで作業順の変更などが見つかれば、リリーススケジュールを修正する。
これは僕の作業だった。

僕が作ったリリーススケジュールで、当日みんなが動くことになる。
重要かつ、やりがいのある成果物だった。

1回目のリハでは、思った以上にスケジュールの組み替えや時間の見直しが入った。
事前に各セクションと念入りに打ち合わせをして組んだものの、実際当てはめてみるとあぁでもないこうでもない、と出てくるものだなぁと思う。

「机上の空論と現場は違うってことなんすね」

僕が何気なく呟くと、向かいの席の前田さんはプッと吹き出した。

「なんかおかしいですか」
「いえ…ごめんなさい。飯嶌さんが言うとなんかおかしくて…」
「酷いなぁ。偏見じゃないですか」

最近、野島次長から言われたことがある。
だいぶ落ち着いてきたな、と。

僕は企画営業部にいることが、だと思っていた。

『そうじゃなくて。態度が、だよ』

異動して8ヶ月。初めてのチームリーダー。

当初は「何で僕が?」と思っていたし、周囲も大半はそう思っていた。
当然、オドオドしっぱなしだし人を頼りっぱなしだった。

しかしチームメンバーはみな親切で好意的だったし、前田さんや野島次長は半分茶化しながらも丁寧にノウハウを教えてくれた苦手な人への対処や、落ち込んだ人には積極的に関わりを持つこと、などなど…。
悪い口癖にもいちいち注意してくれたおかげで、0まではいかないけれど “でも” や “だって” はだいぶ減ったと思う。

そして予定より2週間遅れが出たものの、甚大な問題は発生せず、なんとかリリースリハまでたどり着いた。

「何はともあれ、終盤に来ましたね…」

* * * * * * * * * *

システムテストをやっている頃は流石に帰りも遅くなっていたので、美羽の家に泊まってばかりいた、その名残で今も週の半分は彼女の家から会社に向かったりしている。

その日も自分の家ではなく、美羽の家に帰った。

彼女の仕事も決して早く終わるわけではないが、僕の方が遅い時はいつもご飯を作って待っていてくれた。

「お、今日は美羽の得意なイタリアンかな?」

玄関を開ける前からほんのり漂ったガーリックの匂いで直感した。

「当たり。ペペロンチーノにしようと思って」
「いいね! 腹減った。あぁ、俺飲み物買ってくるの忘れた。レモンサワーってまだあったっけ?」
「夏希さんに教えてもらったレシピで、それも作ってあるよ」

夏希さんとは野島次長の奥さんである。

以前家に遊びに行った時に奥さんがお手製のレモンシロップを使ったサワーを出してくれ、そのレシピを美羽が聞き出していたのだ。

上司の奥さんと僕の彼女が仲良くなる…不思議な関係だ。

「お、いいね。何杯でもいけちゃうやつだ」

美羽と付き合い始めてもうすぐ1年。

歳は4つ離れているけど、とてもしっかり者で聡明な彼女と、色々残念・惜しい!と言われてきた僕だけど、これまで感情がぶつかり合うこともなく、すごく穏やかに付き合って来れているな、と感じていた。

「よーし食べよ! いただきます!」

僕は好き嫌いがなく食べることが好きなので、なんでも旨い旨いって言って食べるけど、いつも冗談抜きで本当に美味しいと思ってる。だから

「うんめぇ〜! こんなペペロン食ったことないよー!」

本気で思ってそう言っても、大袈裟に聞こえるらしく、美羽はいつも「はいはい、ありがと」と言う。

でもその顔は幸せそうなんだ。

「はぁー、プロジェクトもやっと終わりが見えてきたし、何とかやってこれたなぁ」

何気なく僕がそう言うと、美羽は珍しく改まった顔をした。

「…何、どしたの? 真面目な顔して」

返って僕は不安になった。

「うん…優吾くん、ちょっと変わったなって思って」
「えっ? 僕変わった? なんで? どこが?」

僕は美羽の言葉をネガティヴな方に捉えたが、美羽はすぐに微笑んだ。

「いい意味でだよ。落ち着いてきたって言うか、前は愚痴とか多かったけど、最近全然言わなくなったし」
「あ…、それ次長にも言われたんだよね」

そう言うと美羽は笑った。やっぱりね! と言いたげに。

「すごく忙しいそうな時期もあったけど、愚痴じゃなくてどうすればいいかな、とか誰々さんがこんな意見を言ってて目からウロコだったとか、前向きな話が多かったよね」

「そう…だった? まぁ…なんか周りに優秀な人が多いから、教わることが多くて…というか、これまでの僕がどれだけダメダメだったのかと思い知らされたけど、人に救われたかなぁ」

美羽は目を細めて、口角を上げた。

「いいね。次長さんもお家に呼んでくれるくらい気さくだし、でもしっかり厳しいことも言ってくれるし、羨ましいな」

「美羽の職場も、1年目の美羽をしっかり仕事させてくれてるみたいだし、いいところなんじゃないの?」

「そうだけど、関わり方が少し違うなって感じる」

「確かに僕のケースはちょっと珍しいだろうな…」

去年の夏、偶然(美羽の働いていた)スーパーで野島次長夫妻に会い、一緒に仕事した事もなかったのに何故かそのまま家に遊びに行き、気づいたら次長の部下になっていて、今回のプロジェクトのチームリーダーに抜擢、だ。

野島次長にはリーダーとしての振る舞いもそうだし、自身のことも腹割って話してくれたり…僕は男だけど心底惚れてしまったんだ。

「何ニヤニヤしてるの?」

美羽に指摘されて、恥ずかしくなった。

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いよいよ、本番と同じ時間帯でのリリースリハーサルを迎えた。

僕は予定より少し早めの20時に出勤した。情報システム部内に指揮スペースがあり、そこのホワイトボードには僕が作成したタイムスケジュールが張り出されており、日中組からの申し送り事項も書いてあった。
移行用のデータは本番からほぼ全件引っ張ってあることなどが書かれていた。

21時近くになると、同じく夜勤担当のチームメンバー、システム部の山下さんと同じ企画営業部の森田さんが出勤してきた。

リハーサル作業は一度日中に行っているが、実時間で行うのはやはり緊張感がある。

「21時半、リハーサル開始します」

システム担当者が宣言して、リリースリハーサルはスタートした。

本番リリース時と出来る限り同じメンバーが出社しているので、意外と大勢の人がいるんだなと感じた。

特にシステム部は閉塞後のログの確認、データ移行の準備、夜間バッチのイレギュラー実行の確認など、各担当者が淡々と任務をこなしている。

僕は改めて、普段何気なく使っている社内システムは、多くの人が関わっているんだなと実感した。

僕作成のタイムスケジュールの横に張り出されているタスクチェックシートにも、それぞれの担当者が開始時間・終了時間を記載していく。

「おい、事前バッチの終了時間入ってないぞ。後続が始まってるんだから、これもう終わってるんだろ?」

山下さんのよく通る声が響き、僕より若そうな担当者が「すみません、終わってます」と言いながら終了時間を書き込んだ。

午前0時を過ぎていよいよデータ移行と、新システムのリリースが行われた。
ここで大事なのは、予定通りの時間で収まるか、だ。

「本番とほぼ同様の環境だから、性能もまぁ同等として、今回の計測で本番時の時間に当てはめられます」

森田さんが言った。

リリースには1つの作業端末に数人が立ち合い、慎重に行われた。

「閉塞した社内システムだから、そんなに大変でもないんだよ」

楽観的な顔して山下さんも言った。

その通りにリリース自体はすぐに終わり、夜間バッチがスタートした。

「これで全く関係ない本番環境で問題が出ないといいけどな」
「どういうことですか?」
「リリース環境に気を取られて、通常運転の本番で問題でも起こりゃ、困るだろう」
「確かに…そうっすね」

夜間バッチ実施中は処理が終わるのを待つしかなく、ここはやや暇な時間帯となった。

「仮眠取れる奴は取っていいぞ」

山下さんの言葉で何人かは椅子を並べて横になった。どう見ても寝心地は良さそうではないが、システムの人はお構いなしな感じだった。
机の上で眠る人もいたし、軽食を食べる人もいた。

「飯嶌も休んでいいぞ」
「僕、なんかちょっと楽しくて。眠くないです」

そう言うと山下さんはハハハっと笑った。

「夜更しで興奮する小学生みたいなこと言って。何も問題起きないから楽しいで済むからな。まぁいいことだ」

山下さん自身は仮眠することはなかった。

とは言え、夜間バッチが終盤に向かう午前5時近くになると、流石に机に突っ伏していた。

「おーい飯嶌くん、7時になったら朝会やるからな。新システム動作確認するぞ」

山下さんに揺り起こされ、時計を見ると6時45分だった。
オフィスの窓の外は既に明るくなっており、オフィスで早朝を迎えるのも新鮮で、やっぱりテンションが上がってしまった。

朝会では作業自体に問題はなく、作業時間も予定より大幅にズレるものはなかった。

8時にサービスインとなり、早出の運用部門の社員が出勤して、一発目の確認を行うことになっている。

「さぁー、これが一番緊張するところだからな…」

山下さんの表情が引き締まった。

* * * * * * * * * * * *

日中組の前田さんや橋本さんが普段より早めに出社してきた。
サービスイン後の動作確認も、大きな問題はなかった。

「今のところ大きな問題はありませんね」
「そうですか。無事進んで良かったです。夜勤お疲れさまでした」

前田さんから労いの言葉をかけられた。

しばらくして野島次長も出社したことを知らせてくれ、システム部のフロアから次長の元にすぐに向かって状況報告した。

「ご苦労さんだったな。手順に問題が無くて良かったよ」
「はい。後1時間ほど様子見て、日中組に引き継いで帰ろうと思います」
「うん、お疲れさん」

10時近くなり大きな問題も無さそうなので、山下さん、森田さんと3人で退社した。

「リハは何とかうまく行ったな。あとは2週間後の本番を迎えるばかりか…」
「そうですね。まぁうまく行くでしょう。どうですか? 3人で朝飯食って行きません?」

森田さんの提案で、僕らは3人で朝マックを決め込んだ。

一仕事終えて仲間とご飯を食べるって言うのは、なんかすごく…旨いんだなぁと思った。

僕たちは2週間後の本番リリースに自信を持つことが出来た。

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第23話へつづく


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