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随筆「話半分の世界にも、その」

「第1️回NIIKEI文学賞」投稿作です🍙
「話半分の世界にも、その」
(1000字)
 中川マルカ

うまいものを、とつぶやいていたら米が届いた。

送り主は、まだ見ぬSさんだった。箱には、新潟の美味が詰まっていた。新之助とこしひかり、そこに瓶詰のおかずまで添えてある。お米の国で暮らす、を冠するその人の完璧なセレクトだった。どのように食べるのが一番よいかを尋ねると、炊きたてに好きなものをのせる、そして、新之助はおむすびにすると格段に美味いと教えてくれた。伝票に本名を知り、Sさんは、Twitter上の幻影ではなかった。

新潟市内には、一度だけ仕事で訪れたことがある。その時も、誰彼に米を喰えと言われ、言われるままに米を食した。もちろん、へぎ蕎麦も食べた。温かいものを選んでしまったから、へぎなるものを確かめずじまいであったが、美味しい蕎麦だった。コーヒーも飲んだ。四、五杯飲んだ。水が良いのか、さらさらと入った。チーズケーキもいただいた。うつくしい、ステンドグラスを設えた店だった。しらないまちの、初めての味を気に入り、短い滞在のあいだに、三度も行った。しかし移動の苦手なわたしは、乗物にひどく気を張ってしまう。ふだんの山手線でもそうなのだから、新幹線ともなると言わずもがなだ。東京から離れるにしたがい、どんどん、窓の景色がひきしまってくるのを怖いような気持で見た。これから雪に変わるという天気予報を睨み、スニーカーに防水スプレーを施しておいて良かったとおもいながら、駅の近くで米を食べさせてくれる場所を探した。ほどなく、おむすびスタンドを発見し、湯気の白にほっとして、その粒の輝きに目を見張った。頬張れば甘くほどけ、からだがあたたまり、鞄を引く手にも力が入った。どこで食べてもさして変わらんだろうとおもっていたのを撤回させる、それは立派なおむすびだった。そんな話をしたのかどうか、彼は、とっておきを贈ってくれた。

届いた味は、ブンゲイ仲間と愉しむことにした。仲間もわたしも、Sさんと互いの小説作品を読み交わしている。東京の土地で炊きあがる新潟のお米を、共に囲む時間が尊い。遥々やってきたふくよかな味わいに、ただ箸が進んだ。Sさんの親切を噛みしめ、彼と彼の作品について語り合えたら愉快だろうと話題にしながら、お米を前に、おいしい分だけきっと加点してしまうと幸せな湯気を吸い込んだ。教えてもらった通り、そのままを山盛りと、きゅっとむすんだものとをわかちあった。彼の言葉も存在も、いよいよ、本物であると信じるしかなかった。
                                 了

とびきりの、「新之助」

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