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夢を無理に持とうと思わなくてもいい

※書籍『子育てを最高の宝物に』
第3章 <今はまだ10代の君へ> より抜粋(十数回に分けて公開中)


ここ数年は「やりたいことをやろう」「夢を持とう」「好きなことを見つけよう」と言う人が増えてきた気がします。

昔は「夢は夢、仕事は仕事」「現実を見ろ」なんて言われていた時代がありましたが、失われた時代を取り戻すかのように急速に考え方が変わってきている気がします。

自分の気持ちを肯定できる環境が整ってきているんだろうと思うので、それはとても素晴らしいことないんですが、個人的に思うのは、そもそもやりたいことが分からないのに「やりたいことをやろう」「好きなことをしよう」という言葉は少し相手の気持ちを考えない配慮が足りない言葉な気がします。

100人いたら100人ともやりたいことが出来ているわけではないですよね。

好きなことをやっている人もいれば好きじゃないことをしている人もいます。

我慢している人も中にはいるでしょう。
好きなことがわからない人もいますし、模索中の人もいます。
考えることが嫌いな人もいますし「どうでもいい」なんて思ってる人もいると思います。

多種多様な考えが存在していて、その人たちに「夢を持とう」とか「やりたいことをやろう」と言うのは「ポジティブの押し付け」みたいで、かえって反感を買ってしまうんじゃないだろうかと、そんなことを思っています。

もし「夢は何?」「好きなことは何?」って聞かれたら、今の僕は答えることはできますが、5年前に同じ質問をされていたら間違いなく答えられなくて嫌な気持ちになっていたと思います。


人はみんな豊かな人生を送りたいと思っていると思いますし、それでいいと思います。


心を豊かにして笑顔で人生を生きたいと本心では思っていてもそれを実現できない人が多いのも事実です。
心が笑顔になれない時に「夢は何?」「やってみよう!」なんて言われても正直そう簡単に心が前を向かないこともあります。

だから僕が普段意識していることは、


【動きたい時は動けばいいし、動きたくない時は動かなくてもいい】


です。
要するに、その時の自分の気持ちを肯定することです。

動きたい時に誰かからの後押しがあれば動くことはできますが、動きたくない時には「無理して動かなくてもいい」という、その時の気持ちを肯定することを意識しています。

やりたいことがない人に「やりたいことを見つけよう!」という行為は窮屈な世界を生む気がしていて、それは本当に相手のことを考えている?と少し疑問を感じます。

あなたの考えだけを押し付けていないか?と。


今のままでいいんです。


無理して「やらなきゃ」なんて思わなくてもいい。

無理して「夢を持たなきゃ」なんて考えなくてもいい。

マイナスな気持ちになっているのなら、今はそういう時だと、気持ちを落ち着かせる時だと考えればいいと思います。

ゲームをするでもいいし遊びに行くでもいい。

1日中寝るでもいい。

ただボーッと外を眺めるでもいい。


大切なのは「何かしなきゃいけない」という意識から解放される時間を作ることです。

やりたいことや夢はそう簡単に見つかるわけではないですし、どちらかというと夢を持っていない人の方が大多数でしょう。

夢を持っている人がいれば、夢を持っていない人もいまさす。
やりたいことがある人もいれば、やりたいことがない人はもいます。

世界には色んな考えがあって、色んな生き方があります。
そりゃ夢を持てたらそれはそれで素晴らしいことですが、大切なのは、


夢を持てなくても【あなたらしい人生】を生きていればそれで十分素敵です。


逆に「夢を持とう!」とか「やりたいことを探そう!」と押し付ける社会は、個人的にはちょっと生きにさを感じたりします。

誰もが生きやすい社会を作るには、夢は持たなきゃいけないもんじゃない。

夢がなくても、今を肯定しあえる関係が生きやすい社会になるんじゃないでしょうか。



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