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就活での違和感から辿り着いた人生の学校。「自分らしく豊かに生きる権利も、社会を生きやすくアップデートできる力も、わたしたちの手の中にある」

「立ち止まりたい、余白が欲しい」。
違和感まみれの就活中に何度もそう思いました。でも、時間はどんどん進んでいくし、止まることがまるで許されていない。違和感に蓋をしてとりあえず目をつぶってでも前に進むしかありませんでした。

そんな私が、Compathと出会って「一度、立ち止まる」選択をとりました。

立ち止まって、余白を味わうことで見えた世界がある。ミドルコースで過ごした28日間は「あったかいけど、ぬるくはない」。そんな感じです。

ミドルコースを経て私が知ったことは大きく分けて3つ。「いろんな生き方があること」「自分も一人の人として、社会に対して影響力を持っていること」「社会ってそんなに悪い場所じゃないということ」。

このnoteでは、就活を通してCompathに出会うまでの経緯と、2021年8月24日から9月20日まで開催されたCompathミドルコースに参加した実体験やその感想を書いていきます。

まず初めに、Compathとは?
東川町って?

株式会社Compathは、デンマークにあるフォルケホイスコーレという北欧独自の教育機関をモデルに「私のちいさな問いから社会が変わる」を掲げ、「余白」と「社会の手触り感」をキーワードに、自分や社会について考える大人の学び舎づくりを北海道の東川町で行っている会社です。

東川町は、北海道の旭川に隣接する自然も水も豊かな人口約8,000人の町。「適疎」を目指しており、人が多すぎず少なすぎず、田舎だけどただの田舎じゃない、そしておもしろい人たちが自然と集まってくるそんなおもしろい町です。

—就活を経てCompathと出会うまで—
生まれて初めて感じた社会に対する大きな違和感

私は就活を経験したことでCompathと出会えました。就活がきっかけで社会に大きな問いを持つことになったから。

幼いころから頑固で何事も「そういうもんだ」で済ませられない性格の私は、自己PRやガクチカをがっちり固めて武装した自分や、絞り出した志望動機をアピールする就職活動に、吐き気がするくらい納得できませんでした。

人それぞれ、バックグラウンドや生き方は異なるのによーいドンで一斉に始まることも、個性を出せと言いながら黒髪&リクルートスーツが暗黙の了解であることも、何より「社会人」という言葉に一番なじめませんでした。

「人は皆生まれた瞬間から社会と繋がっているはずなのに、学校を卒業して働いている人たちだけが『社会人』と呼ばれているのはなんでなんだろう、、、」。

そんな中で、ひそかに思っていたことが「立ち止まりたい、余白が欲しい」。「仕事」と「自分のやりたいこと」を切り離せない価値観を持っている私は職選びに偏りがあり、スキルを持ち合わせていない現実の壁にぶつかる日々。新卒一括採用のシステムははっきり言って苦痛でした。

—Compathとの出会い—
学生だって立ち止まっていい

そんなある日、コロナ渦でダメになってしまった留学を諦めきれない気持ちと気晴らしを兼ねて、パソコンで留学関連の検索をかけていました。

すると「フォルケホイスコーレ」という見慣れない長めのカタカナ言葉がヒット。私が探し求めていた「余白」を大切にする、フォルケの考え方に一気に引き込まれました。

物珍しさに好奇心を掻き立てられ調べ続けていると、北海道の東川町という場所で、この大人の学び舎を日本に合う形で作ろうとしている「Compath」という会社があるとの有益すぎる情報をゲット。

そのままCompathが運営するnoteを読み漁り、そこで紡がれるあたたかく力強い言葉たちに魅せられて、気づけばオンラインイベントに参加していました。

「自分らしく豊かに生きる権利も、社会を生きやすく豊かにアップデートできる力も、わたしたちの手の中にあるということ。長い人生において余白と学びは必要。」

イベント中に読み上げられたCompathのお二方が大切にしているこの考えに、こころが震えたのを今でも覚えています。

就活を通して生きにくいなと感じていた日本社会において、「余白と学びは必要」と言いきれる会社があるという事実は、この世の希望のように思えました。(大袈裟に聞こえるかもしれませんが本当です。(笑) )

このイベントに参加するまでは、正直、まだいわゆる社会にも出ていない大学生の私が、余白が欲しいだなんて贅沢すぎると思い込んでいました。

しかし、登壇者としてイベントに参加してくれていたワーケーションコース経験者の大学生が、忙しく過ごしていた日々に違和感を持ち「休みに行こう」と足を運んだ東川町で、知らない大人と過ごしながら心の声に耳を傾けることで視野が広がったという話を聞いて、学生だからって遠慮する必要はないと一歩踏み込む勇気をもらいました。

久しぶりに胸が高鳴るのを感じ、もう動きださずにはいられませんでした。

「面白そうだけどまだ得体が知れないし(笑)、これは行ってみないとわからない!」

—ミドルコースに参加してみて—
誰もが自分らしく豊かに生きる権利を持っている

集まったのは21歳の大学生から44歳の大人まで、背景は異なるけれど何かしら社会に対して問いを持つ計8人の参加者たち。

そこには、日本社会のレールなんかに囚われない人たちがたくさんいました。正しくは、過去にはレールに乗ってはいたが自分から降りてやったぞという人がいたり、一度降りて寄り道してみようという人がいたり、気づいたらレールに乗っていなかったというような人がいたり、、、。

自分の道は自分で切り開く、そんな勇敢な人たちがいました。参加者だけではなく、Compath主催者のやさいさんに香さん、強靭なサポーターのゆっけさん、ワークを開催してくださる講師陣も然り、東川町で暮している方々も然り。

普段通りの生活をしていたら交われなかったであろうたくさんの人たちと関わり、いろんな生き方や働き方を見せてもらうことで、社会に対するイメージが少しずつ柔らかくなるのを感じました。

「自分らしく豊かに生きる権利、みんな持ってるんだなあ」。
東川の地で生き生きと暮らす人たちを見て、そんなことを思いました。

印象深かった共同生活での学び
みんなと過ごすことで感じた社会とのつながり

~の○○っていう視点が面白かった、私はこう思っていたけど△△っていう価値観を知ってなるほどと思った。

普段は気が乗った時にだけペンを走らせますが、この一カ月ばかりはと三日坊主に鞭を打って毎日記した日記に書いてあるほとんどのことはこんな感じでした。

毎日授業のような形でカメラのワークショップがあったり、パーマカルチャーに触れるワークがあったり、デモクラシーについて学ぶワークがあったり。興味深いコンテンツでいっぱいのプログラムでしたが、印象深いのは毎日の「対話」

コース中は「せんとぴゅあ」という複合交流施設で共同生活をしているから話をする時間がたっぷりあります。コロナ禍で人と自由に会える環境ではなかったこともあり、誰かと面と向かって時間の縛りなくじっくりと話し込むことのできる嬉しさを痛感しました。

好きな俳優の話、オタクの話、社会について、教育について、などソフトなものからハードなものまで「フラットに」たくさん話しました。

Compathは肩書を持たないことを大切にしているので、初めのうちはみんなの経歴など一つも知りません。(笑) 知っているのは名前と年齢と感性くらい。(1日目の自己紹介の仕方が特殊だった。(笑) )

そんなふわふわした状態でゴリゴリ話せる環境は一見カオスではあるけれど面白すぎました。よくは知らない人といる場に自分の意見を安心して置くことができる、そんな空間ってあんまりないと思います。それを受け取ってくれる人がいて、反応が返ってくる。そこからまた新たな発見が生まれる。。。

フラットに話を聞いてくれるからこそ、私って意外と自分の意見を持っているんだ、と気がつくことができ、一人の人としてじわじわと自信がついていくのを感じました。

「参加者にもミドルコースを一緒に作っていってほしい」というCompathの意向でコースの最後の方は自分達でワーク内容を企画して、28日間を綴じる時間を作りあげることになりました。

企画なんてあまりしたことがなかったのでどうしようかと不安でしたが、「ミドルコースでの28日間を自分の周りの人たちにどう伝えるか」ということをテーマに考えました。「あなたにとってCompathとは?」などの6つの問いを事前に準備して、みんなで一緒に深め合う。

結局はみんなの力を借りまくるワークになってしまったけれど、「自分の気持ちの変化に気づいた」「みんながどう感じていたのか知りたいと思っていた」など前向きな感想をもらい、自分が周りに与える影響を感じることができました。

些細なことであっても誰かと共に行動してみることで、今まで気づいていなかった自分以外のヒトコトモノとの繋がりに気づける瞬間がたくさんあると思います。

社会と繋がるツールとして何を持ちたいか
社会とのかかわり方をかんがえる

「私は社会と繋がるツールとして卵を売っています」。

これは東川町で養鶏場を経営するご夫妻からお聞きした言葉。

「そっか、何かを売ることも社会と繋がる手段なのか」。

この言葉に衝撃を受けたのを今も鮮明に覚えています。ミドルコース内のプログラムとして、東川で暮らす方々のお話を聞く機会が何度かありました。

その中でこのご夫妻にもお話を伺う機会があり、そこで印象的な学びがありました。小さなコミュニティを変えることが大きな社会を変えることに繋がる、だからまずは自分を整えることが大切、だと。

自分に立ち返り、「何をもって社会と繋がりたいか」を考える。その延長線上に働くことがあればなんだかワクワクするな、社会に触れられそうだな、そう感じました。

自分の力で社会を生きやすくアップデートする方法を学んだ気がします。

社会って悪い場所じゃない!
すぐ近くにあって、自分でも変えられるものかもしれない

「社会」という言葉を多用しているなとお思いの方もいるかもしれませんが、私がミドルコースに期待することとして「社会とのつながり方を考えたい」というものがありました。就活を通して、「社会」って楽しくなさそうだな、と感じてしまったから。

就活で触れた「社会」はなんだか遠くて大きすぎる感じがしました。自分の力ではどうにもできない感じ。でも、本を読んで日本と海外では「社会」の捉え方が違うことを知ってから本来はもっと身近な手の届く範囲のものなんじゃないかと思い始めました。そんなタイミングで私の目の前に姿を現したCompath。

Compathは「社会の手触り感」をキーワードにしているように、コースを通して意見を交わし、行動することで社会を身近に感じられるきっかけがちりばめられています。

「北欧のデモクラシー」の授業を開講してくださったデンマーク在住のさなえさんとソーレンさんからは、日本人も一人一人が社会と繋がっていて、自分も社会を変えることができる感覚を持てることが大切、それは日々の暮らしの中でも培うことができる、ということを教えていただきました。

言葉で説明するのは難しいですが、「社会とは自分達で作っていける場所なんだ」という新たな、大きな発見がありました。そう知れることで将来に対してふつふつと楽しみな気持ちが湧いてきて、自分には社会を変えるパワーがあると感じられるまでに。(笑)

—ミドルコースを終えてみて—
種をたくさんまいた日々

「何を学んできたの?」「何が得られるの?」
よくそう聞かれますが、一言で表すには難しすぎてうまくこたえられないのが事実。(笑)

学んできたというよりは、「種をまいてきた」という感覚です。

今までに見たことない種を植えたから、いつ芽が出てどんな花が咲くかはわからないけれど、耕す過程も蒔く過程も楽しかったから芽生える日が今から楽しみ。

ミドルコースでの学びは即効性のある薬のようなものではなく、じっくりじわじわと自分の中で芽生え育まれる、これから役に立つ糧のようなものだと個人的には感じています。

なんとか興味分野の会社に就職が決まり私も半年後にはいわゆる「社会」に出ていくことになりますが、立ち止まって自分と社会とたくさん向き合った28日間があること、自分の中に「余白」という選択肢があること、共に過ごしたもはや家族のような仲間がいること、これらが大いに支えてくれる気がしています。

メンバーとの出会いも私にとっての大きな財産。

Compathのプログラム史上最も明るいお別れをしたという私たちは、コースが終わってからもこまめに連絡を取り合っていて、もうみんなが日常の一部になりつつあります。みんなとの繋がりがあるおかげで、ミドルコースでの日々は時間がたっても全然色あせず、鮮やかなまま。みんなに感謝です。

世の中に立ち止まってはいけない人はいないし、誰もが立ち止まりたいときに気軽に立ち止まれる、そんな社会になればいいのになとつくづく思います。

世の中そんなに甘くはないよと言われるかもしれませんが、Compathがこの社会に存在していることは幻ではなく事実です。

この場を、限られた人だけが行ける「ユートピア」にしたくはないからこそ、学生生活残りの半年間、全力でCompathに関わらせてもらいます!

一人でも多くの人に立ち止まれる場所があることを知ってほしい、人生の選択肢の一つとして必要な方に届いてほしい。そして、Compathを通して社会を身近なものに感じられる人が増えたら、日本ももっと幸福な国になるんじゃないかと思います。


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