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単なる考古学ロマンでもお宝発見ドラマでもない。『The Dig(時の面影)』を観るべき5つの理由。



大英博物館のウェブサイトでは、発掘されたお宝が見れる。ロックダウンが終わって、ミュージアムが開いたら、この映画を観た人達で、この展示場はごった返すんだろうなあ。

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「考古学」や「遺跡発掘」というだけで、心臓がドキドキするのはどうしてだろう。私はただの歴史好きなだけなんだけど、これらの発見により、既存の歴史に新たな情報が加わると期待するからだろうか。

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『The Dig(邦題:時の面影)』は、歴史に残る新たな発見によるドキドキと、イギリスがドイツによる侵略に構える時代背景を同時に体験することができる作品だ。事実に基づいたイギリス史上最大の歴史的発見を映画化したもので、原題の「Dig」は日本語で「掘る」という意味。まさにシンプルだ。現在では、プロ、アマチュアを問わず、考古学ファンを魅了する、誰もが知る土地となった、イギリスのサフォーク州にある、サットン・フーが舞台。この土地で掘り出された歴史的発掘物とは一体何だったのか。

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1939年、裕福な未亡人、イーディス(キャリー・マリガン)は、自身の所有する広大な土地にあるいくつかの塚を調査すべく、独学アマチュアの考古学者、バジル・ブラウン(レイフ・ファインズ)に発掘を依頼する(バジルは自分は「Excavator(掘削者)」であると静かに訂正する)。バジルは、正式に考古学を学んだわけではなかったが、幼いころから父親の掘削を手伝っており、知識や経験は豊富だった。イーディスも考古学に興味があり、塚の中でもとりわけ形の違う古墳の発掘を指定する。バジルはイーディスより住居を与えられ、2人のアシスタント、ジェイコブスとスプーナーと共に、昼夜を問わず黙々と掘り続ける。好奇心旺盛なイーディスの息子ロバートはバジルに懐き、天文学にも詳しいバジルに、いつか望遠鏡で星を見せてくれるよう頼む。そしてイーディスも、朴訥だが紳士なバジルに信頼を寄せていく。そして、バジルが掘り当てたものは...。

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〈イーディスの息子ロバート(Archie Barnes)は、バジルが塚を掘ってくれるのだと大興奮する〉


以下、ネタバレあります。

本作品は、2007年に書かれたジョン・プレストンの小説「The Dig」を映画化したものである。考古学の発掘ストーリーと言ってしまえばそれまでだが、ここで描かれているのは、お宝発見だけではない。

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時代背景を含め、なぜこの映画が素晴らしいのか、観るべきなのかを5つの視点から考察してみた。


〈観るべき理由1〉発見されたものがあり得ないくらいすごかったから。

どのくらいすごかったかというと、ここで発見された埋蔵品が大英博物館に収蔵されるくらい。何が発見されたのかを明確にしておくと、「船」である。当初は、ローマ人かバイキングが残したものかと予想されたが、まずここから、鉄の鋲(リベット)が見つかり、さらに掘り起こしていくと、船首の骨組みが姿を現した。バジルはアングロ・サクソン(AD650年頃)の船の残骸であると予想する。どうして、こんなところに船があるの?と尋ねるロバートに「おそらく、船は墓の役割を担っていたんだろう。偉大な誰かーー兵士だったかもしれないし、キングだったかもしれない。川から大勢の人たちやたくさんの馬によって、ここに運ばれたんだろう」と説明する。

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〈バジルは、船をイーディスとロバートに見せる〉


船が発見された後、大英博物館より、考古学者チャールズ・フィリップス(ケン・スコット)率いる発掘チームがやってきて、さらなる調査発掘を進める。

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〈大英博物館とイプスイッチ博物館から発見された船を確認しに考古学者たちがやってくる〉

ある日、そのチームの一人であるペギー・マゴット(リリー・ジェームス)が埋葬品の一つを見つける。それを手にしたペギーを見て立ち尽くす発掘チームのメンバー達。「プリティ夫人!もっと出ますよ!」ペギーが歓喜のあまり叫ぶと、その後も、次々といろいろな装飾品などが出てくる。そして、バジルは、地層の間から小さなコインを見つける。フィリップスに「6世紀後半、メロビング朝のコインだ」と告げるが、フィリップスは「そんなはずはない。イースト・アングリア王国には9世紀に至るまで貨幣文化は存在しなかったはずだ」と言い、コインを確認する。そして驚いたように「アングロ・サクソンだ」と認める。フィリップスは興奮して、発掘チームに「暗黒時代だ!間違いない!」と叫ぶ。「歴史の全てを変える大発見だ!これらの人々は、物々交換をする略奪者たちじゃない!彼らには文化があり、芸術があり、貨幣まで持っていた!」と明言した。

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〈ペギーは小さな装飾品を見つける〉




〈観るべき理由2〉バジルとイーディスの心のつながりが胸を打つから。

バジルは、貧しい農家の家に生まれ、12歳で教育を断念せざるを得なかったことから、いつも学ぶことに貪欲であった。十分に教育を受けられないことは、危険なことですらある、と言う。バジルはラテン語から地形学に関してまで独学で学び、そして占星術チャートの本も書いた。一方、イーディスはロンドン大学に籍を得ながらも父親の許しを得ることができす、進学することができなかった。つまり、二人ともが過去に諦めざるをえなかった教育に関して苦い経験を共有していた。フィリップスがバジルのことを「資格を持っていない」と発掘チームから外していた際、イーディスは「それは上流階級のいやみというものよ」とフィリップスをたしなめ、バジルをチームに戻すように言う。バジル・ブラウンを演じたレイフ・ファインズは、インタビューで「イーディスはバジルのことを雇った掘削者とだけでなく、その奥にある誠実さを見ていたし、バジルはイーディスに高貴さを感じていた。二人の間にはロマンスや恋愛などよりも、もっと深い感情があり、最初に台本を読み終わったときには涙していたよ」と語っていた。イーディスがバジルに掘削者としてだけでなく、友人としても絶大なる信頼を置いていたことが物語の重要な柱となっている。


〈観るべき理由3〉イギリスの階級社会が考古学という学問において、どのような影響を及ぼしていたかを知ることができるから。

アリストクラッツ出身のイーディスと代々農家だったバジルとの間には明らかな階級差がある。しかし、先にも書いたように、2人には、希望した教育が受けられなかったという共通の辛い過去と、また考古学に対する共通の熱い思いがあり、そこには階級差を超えた友情や信頼が生まれている。しかし、階級とは残酷なもので、いくら知識や経験があろうとも、「資格がない」というだけで、バジルは発掘事業を外されてしまう。

イーディスは、発掘をさらに進めるために、バジルの助手として、従妹のローリー・ロマックス(ジョニー・フリン)を呼び寄せる。バジルは、船の周りの地層の色が違うことから、船の下には何かあるかもしれない、とローリーに説明する。そこへ、イプスイッチ博物館と大英博物館のスタッフが現れる。ここから、この世紀の偉大なる大発見への利権闘争が始まる。大英博物館の考古学者、チャールズ・フィリップスは、発掘された船を見て、「なんてことだ!!」と驚愕の声を上げ、興奮しながら船の中に入ろうとする。しかしバジルは「その体格では、このデリケートな遺跡は持ちこたえられない」と制止する。出鼻をくじかれたフィリップスは、バジルに言う。「これは国家レベルの発見だから、残りの発掘作業は大英博物館が引き継ぐ」と。そして、掘削者は不要だとバジルに告げる。

大英博物館の考古学者チャールズ・フィリップスをはじめ、発掘作業に加わったのは学位を持ったインテリ達。発掘作業に関わらせてもらえないことを理由に、バジルがイーディスの元を去り、家に戻った際、妻のメイに、「一握りの土を見ただけで、それがサフォークのどの土地から来たかわかる。船を見つけたのは自分だ。ケンブリッジなんか出てなくても、そこに何があるか分かっていた」と言う。そしてこの後、メイに説得され、バジルは発掘チームに戻る。イーディスは自宅の庭で開いた遺跡発見のお披露目パーティーにて、「(長さ90フィート(約27.5m)の船が東西に横たわり、船室と思われる場所からはたくさんの埋葬品が出土されました。そして、これらを発見し、発掘したのは掘削者バジル・ブラウンです」と発表した。突然名前呼ばれたことに多少戸惑いながらも、嬉しさがにじみ出るバジルの表情の奥に、苦虫をつぶしたような顔のフィリップスの姿が見える。

じつはこの階級の違いには、少し微笑ましいシーンがある。このお披露目パーティーには、発掘チームとその関係者はもちろんのこと、イーディスと交友のある上流階級のゲスト達が出席している。そして、このパーティで唯一の労働者階級であった、バジルとその妻のメイ(モニカ・ドーラン)、そして当初からのアシスタント、ジェイコブスとスプーナーは、飲み物の入ったグラスを渡され、どうしていいか分からない。バジルはメイに「これはシェリーかな?シェリーだよな?」と確認するが、メイも「分からない」と。「今すぐ飲むべきなのか?それとも乾杯の音頭があるのかな?」ととても戸惑っている。メイは「みんながどうするのか見ときましょう」と言う。

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〈バジルと妻のメイ。奥に、ジェイコブスとスプーナーがいる。バジル・ブラウンを演じたレイフ・ファインズはまさに、サフォークのイプスイッチ出身。サフォーク訛りって、とても素朴で耳あたりがいいと思います〉


〈観るべき理由4〉第二次世界大戦に向かう英国で、さまざまな心の準備をしなければならなかった人々を見ることができるから。

時は第二次世界大戦前夜。ラジオではドイツのポーランド侵攻の様子が報道されている。発掘チームが仕事の後に時折訪れる地元のパブは、敵国の攻撃に備え、人の気配を消すために、内側から黒いカーテンがかけられており、店内は真っ暗だ。英国がドイツに侵入され、宣戦布告される前に、少しでも発掘を進めるべく、チームは作業を急ぐ。

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発掘の舞台となったサフォークでも近くにRAF(空軍)基地が近くにあることから、戦闘機が空中を走っていくシーンが何度も映し出される。ある日、発掘の最中に1機の小型飛行機が奇妙な音を立てて頭上を通り過ぎたかと思うと、目の前の森に激突する。その向こうには川があり、ローリーはすぐに川まで走って行き、沈没した飛行機から操縦していた兵士を救助するが、兵士は死亡する。一人で操縦するのは2回目の若い兵士だった。戦争が始まれば、空軍に従事することになるローリーはこの兵士に自分の姿を重ねていた。


〈観るべき理由5〉当時の同性愛者がいかに生きにくいものであったかを描いているから。

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〈発掘チームに加わった、スチュワート(ベン・チャップリン)とペギー・マゴット夫妻〉

夫婦であるにもかかわらず、ペギーはスチュワートが性的関係を持とうとしないことに懸念を抱いており、同時に、チーム内の仲間であるベイルスフォードといる時のスチュワートがとても楽しそうにしていることに気付く。ゲイだったスチュワートが、世間体を保つためにペギーと結婚せざるを得なかったのも悲しい現実だし、そのことを知らずに、真実の愛と信じて一緒にいたペギーも、結局は夫には自分よりも愛する人がいたと知らされるわけで、こちらも相当辛い。当時は婚前交渉が禁止されていため、結婚するまで相手の性的思考が分かりにくかったという問題と、1967年まで同性愛が違法だったため、ゲイであることを自分の配偶者にさえ隠さざるを得なかったという社会の歪が二人の結婚生活に亀裂を及ぼした。


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ざっと5つにまとめてみたが、もう少し細かいことを述べると、ここには女性蔑視に関する描写もあり考古学における女性の立場がどういうものであったかにも触れている。ペギーは今回の発掘チームに加えてもらえたのは、自分の書いた論文がフィリップスに評価されたからだと信じていた。そのことをフィリップスに感謝し、お礼を述べるとフィリップスは、「(恐らく論文すら読んでいなかったのだろう)ああ、なかなか興味深い内容だった」とだけ言い、「この船はとても壊れやすいんだ。君は9ストーン(約57㎏)もないだろう。ピゴット君が、ピグレット(豚の意)と結婚していなくて良かったよ!」と冗談を飛ばす。つまりペギーがチームに迎えられたのは、スチュワートの妻だったこと、体重が軽かったことが条件としてあっただけで、それを知ったペギーはひどく落胆する。ここで加えておきたいのは、実はこの映画の原作である『The Dig』を書いたジョン・プレストンは、この女性考古学者ペギー・ピゴットの甥であり、ペギーは60年ものキャリアの中で考古学に素晴らしく貢献した女性である。

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ペギーは夫のスチュワートに別れを告げる。そして、イーディスのいとこのローリーと心を通わせるようになる。しかし、ローリーにはRAFの召喚状が届いており、戦地に赴くことが決定している。この後、ローリーが無事に帰還したかどうかの記載はない。

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また、私が一番好きなシーンで、フィリップスに船の中に入ることを禁じられ、雑用係に回されたバジルが、発掘作業自体を辞めて家に戻った際、妻のメイに窘められつつも仕事を続けることの意味を思い出させる、というところがある。

「ところで、プリティ夫人はあなたが辞めたことを知っているの?」と訊くメイに、「そのうち気付くさ」と答えるバジル。「それがあなたからのサンキューなの?一番最初にこのような素晴らしい機会を与えてくれたことへの?」とメイは容赦ない。しかしバジルは「どうせ自分には何の名誉も与えられない。恐らく関わっていたことさえも忘れ去られてしまうだろう」と卑屈になる。「名誉?名前を残したくて今まで掘削の仕事をしてきたの?家賃も十分に払えないほどの報酬しか受けられないのに?」と言うメイ。「違う!それは私が一番得意とすることだからだ!父も祖父もそうやって生きてきた。一握りの土を見ただけで、それがサフォークのどの土地から来たかわ分かる!」と言い返すバジルにメイは「ほらその通りでしょ」と言う。

ほぼ誘導尋問に近いやりとり(笑)だが、メイが本当にバジルを、そしてバジルのやっていることを理解して、心からサポートしているのがなんだか心強くもあり、本当に素敵だと思う。

そして、「船を見つけたのは自分だ。ケンブリッジなんか出てなくても、そこに何があるか分かっていた。ジェイコブスとスプーナーもだ。誰も私たちのことなど思い出さない」と嘆くバジルに「それは分からないでしょ。最後まで関わらなければ、そのチャンスは無くなったも同然だわ」と諫める。「あなたはいつも、自分の仕事は過去や現在ではなく、未来に関するものだ、未来の世代が自分たちがどこから来たのか知る為の、先祖と未来をつなぐための仕事だ、と言っていたわよね。国全体が戦争に向けて準備している中、あなた達が土あそびをしているのは、そこに重要な意味があるからでしょう?私たちが向かっている、この忌々しい戦争よりも、もっと長期にわたって価値のあることだからでしょう?」と説得され、バジルは採掘チームに戻ることにする。

バジルが生涯をかけてやってきた仕事の意味を、恐らくバジル本人でさえも忘れかけていた掘削への情熱を正当化するメイに、あっぱれだな、と感心させられる。これくらい肝の据わった強い女性になりたいものだわ、と考えさせられるシーンだった。ちなみにバジルの妻メイを演じたモニカ・ドーランはイギリスでは名脇役な女優さん。本当に胸を打つ演技だった。

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イーディスは、発掘された埋葬品を大英博物館に寄贈をする、そうすればたくさんの人に見てもらえるだろう、とバジルに説明する。そして、バジルが正式な貢献者として人々に認識されるよう、フィリップスに取り計ったと伝える。

イギリスは第二次世界大戦へと突入する。

第二次世界大戦中、サットン・フーの宝はロンドンの地下鉄駅構内に隠された。最初に一般公開されたのはイーディスの死から9年後だった。しかし、そこにはバジル・ブラウンの名は言及されていなかった。バジルの考古学への特別な貢献が世に知られるようになったのはつい最近のことだった。現在、「バジル・ブラウン」の名前は、大英博物館の常設展示物に、イーディスの名前と共に記載されている。

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バジル・ブラウン(本人)。サットン・フー発掘当時、当時51歳だった。

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イーディス・プリティ(本人)。イーディスを演じたキャリー・マリガンは35歳だが、実際のイーディスは当時56歳だった。


こちらは、この映画『The Dig』のシーンと実際の写真を照らし合わせて、掘り出された遺跡と、掘削者バジル・ブラウンの功績を解説した大英博物館のブログ。バジル・ブラウンやフィリップスの実物写真も見れます。

《追記》大英博物館へ実際に見に行ってきました。


私も訪ねたことのある、サフォーク州、West Stowにある、アングロ・サクソン村。ここでは、実際に当時の生活の様子が再現されています。上のウェブサイト、あまり興味深そうにに見えないのですが(汗)、実際に俳優の人たちが、当時の衣装を着て、薪を割ったり、藁を編んだり、料理をしたりして、本当に面白いところなのです。

こちらが、私たちが訪れた時の写真。

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そしてこちらは、私の個人的おススメ、BBCドラマ『Detectorists』。

『オフィス』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』にも出演していたマッキンゼー・クルックが制作・主演・脚本・監督を担っています。金属探知機にてお宝探しをする二人の男性の物語なのですが、舞台は『The Dig』と同じ、サットン・フ―(S1、E6の最後にはこのアングロ・サクソンの船跡がかすかに見えます。とてもいい演出なのです)。私の大好きなトビー・ジョーンズがもう一人の主役です。そして、このドラマの主題歌を歌うのは、『The Dig』でローリー・ロマックスを演じた、ジョニー・フリン。ただの偶然とは思えないのは私だけ?

(終わり)











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