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四六時中の刹那 (2)

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小学校二年生だった。僕は若い副担任の家にお呼ばれされて、父親に殴られた場所を見せた。青紫のその場所を先生がそっと触って、キスしてくれた。僕は先生の家のプールに入って時間を忘れてのびのび泳いだ。先生も水着に着替えて一緒に泳いでくれた。僕には母さんがいなかったから、母さんってこんなのかなあってちょっとドキドキして嬉しかった。プールから上がった僕をきれいに拭いてくれた先生は裸だったけど、僕は特に気にしなかった。大きくなって考える事があるんだ。先生はあの時僕に何を望んでいたんだろうって。性的虐待だったのかもしれないし、でも僕は特に嫌な気分はしなかったから、ちょっと不安なんだ。あの後おばあちゃんからもう先生の家にはいくなって言われて、それっきりだったけど、もっと酷い事が僕とお兄ちゃんの身の上に起きたから、先生の事はやっぱりいい思い出なんだ。でも自分にも子供がいるから、もし僕の子供達に同じことが起きたら、って考えてしまう。やっぱり、先生は悪いね。

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ひとりぽっち。西日があつくて、さびしい。りえちゃんの家に行ったら、毎日おかあさんがおやつを作ってまっているの。うちのママはお仕事だから、一人でまつの。ランドセル置いて、うらの階段上って公園に行って、遊具で回って気持ち悪くなるの。そうすれば、ママがうちに帰った時くるくるしているから、優しくしてもらえるんだ。

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ええ、人間があまり好きではないんです。猫とかなら別にいいんですけどね。口答えされたり、何かを指図されるのに耐性が無いんです。あと、自分の大切な領域を侵されるというか、侵入されるのに我慢なりません。猫ならただないてそっぽを向くだけ。だから恋愛なんてしたくないし、家庭を持つことも考えていません。そりゃ、両親は悲しんでますよ。だけど無理をしてまで得る世間体って、なんだ?って感じじゃないですか。誰かがその悲しみやイライラの責任を取ってくれるんですか?ねえ?だったら一人でいるほうが随分と楽じゃないですか?人肌ですか?さわられるのが基本的に無理なので、特に問題はありませんよ。そういう人間もいるんですよ。

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中学生の頃かな?好きな人の話になるじゃないですか。私いつもそれが出来なくて、だって好きな人が沢山いましたから。みんなそれぞれいいんですよね。女子も、男子も、関係なく。恋心、だったのかなあ?わからないなあ。それは今も同じで、すぐ好きになっちゃう。おかしいですよね。だから私自体はすごく空っぽなのかも。すぐ相手に合わせちゃう。でもそれが苦じゃないの。だから、相手にとってはたまったものじゃないんですよね。すごい修羅場。もういつも修羅場。みんな好きなんだから、仲良くしてちょうだいって、わかってくれる人がいればいいんですけど、なかなかいませんね。いたと思っても、なぜか嫉妬されちゃうんですよね、最終的に。それか、遊ばれちゃう。

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さおりちゃんは小さくていちばん子供みたいなのに、アイスクリーム屋さんでチョコミントを頼んだからちょっと大人っぽいなあって思った。無理して私も紫芋のアイスを頼んだ。ウベっていうんだ。この前旅行で通った所も宇部って所だったなあ。ママの鏡台から真っ赤な口紅を盗んでこっそりつけてみた。お化けみたいで怖かった。お化粧って、何でするんだろ?ママは十分に着飾って夜の街に消えていく。足音がとおくなるの、毎晩さびしんだよ。

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母親の再婚相手に3年振りに会った。過去は変えられないけれど、大人になったつもりだったから、すべてを許せるんだと思ってた。でもさ、吐き気しかしないんだよ。お母さん、これはあまりにも奇妙な冗談ですか?私をここまで不快な気持ちにさせて、楽しい?ねえ、なんであの男から父さんの香りがするの?あれは、私の中で父さんの香りだった。崩壊する世界に私はもうついて行けずに、ただそこから逃げ出したかった。夢のような私の優しい父さんが、あの男に上書きされていく。洗面所に駆け込んであの懐かしい深緑のボトルを掴んで力いっぱい投げつけた。硝子は無残に砕け散り、あの懐かしい父さんの匂いが力いっぱい辺りにたちこめて、ああ、もう戻れなくなったって思った。ひどいよ、あなたは忘れられない人の面影を今ふれあえる人間に投影して平気なの?代わりなんて、いないんだよ。

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私、軽トラに乗るような人がかっこいいと思っていたから、スポーツカーに乗る人って別に興味なかった。でも実際スポーツカーというものに乗ってみると、それはもう心地が良くてああ、この心地を知ってしまったら虜になるなって初めてわかった。それからだと思う、見かけや思い込みで人を拒否する癖をやめた。見せびらかすでもなく、あなたはスピードを上げたり煽ったりしない、いい運転手だった。独身で母親と暮らすあなたは、私の父が死んだ歳と同じで、ちょうどいい距離を取りながら仲良くなった。でも、ちょっと違うなあって思ったのは、あなたの生きざまがとても薄っぺらに見えてしまって、人間的好意が生じなかった。そんな人間もいるって知って、ちょっと衝撃的だった。自惚れている訳ではないけれど、私にはもっと人間っぽい人が必要だと思った。でもね、あのスポーツカーだけは、よかったな。

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まーちゃんの腕がすらりと細くて夢みたいで、いつもぼーっと眺めていた。小柄な私の体つきはとても子供っぽい。中性的なまーちゃんが羨ましくて、全力でぶつかってしまった。何であんな事したんだろう?華奢なまーちゃんは小さい私にも容易にぶっ飛ばされて、鼻血がこぼれ落ちた。わわわ、ってなったけどそれも美しくて、ただそこに突っ立って放心状態みたいになってそれを眺めてた。まーちゃんは泣くでもなく笑顔で、大丈夫だよって囁いてくれた。その囁き声がいたずらっぽく、ずっと耳の中でこだましてた。

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ほんとう、嫌な世の中になったわよね。権利が増えると、自由は減っていくのよね。あーあ、何のために人間やっているのかしら?

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戦争に負けて、捕虜になった。随分時間が経って故郷に戻ったら、トヨさんは違う男と夫婦になっていた。トヨさんのあの時の顔を忘れない。トヨさんの事を忘れるために都会に出たんだけれど、むなしくて、戦争を恨んだ。死んでいれば幾分楽だっただろうし、トヨさんも傷つけずに済んだと思う。勝っても負けても、俺の未来はトヨさんとのものではなかったんだと、丈夫な己の肉体を恨めしく思った。トヨさんを抱きしめたい。

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ランジェリークラブパピヨンで会った、ピンクの髪の子を迎えに行ってやろうと思ったんだ。ひでーこと言っちまったよな。こんなとこで出会いたくなかったとか、なんたら、かんたら。だってよ、音楽の趣味も映画の趣味もすげー合ったしさ、俺を絶望から救ってくれたんだしな。あれから俺、メジャーデビューしたんだぜ。なんで死んだんだよ。俺が死ぬはずだったんだよお。ねーちゃん、本当の名前もまゆっていうんだな。ああいう所で人は嘘をつくもんだろ?あんたって人は本当に変わり者だったんだな。もっともっと知りたかったよ。陳腐な言葉しか浮かんでこねーじゃねーか。

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みんなしてるから、仲間外れにされるのがこわくて言われるままにその男とホテルに入った。みんな彼氏がいるけど、わたしにはいなかったし、そういう事は本当に初めてだったから、こわくて仕方なかった。こういう事って本当は、好きな人とやるんだよね?男がシャワーに入ってる隙に逃げ出した。それからは、地獄。でもよかった。あの子たちと、わたしは違うんだって優越感に浸れた。わたしは汚れていない、自分で自分を守った、って。だけど、ぶち切れたあの女はわたしを地獄に引きずり込んだ。薬を盛って、わたしを薬中にさせた。それからは薬欲しさにあいつに言われるまま、どんな男ともやった。はじめてなんて、もう覚えていない。あの頃の女の子たちは、みんなそんな感じだった。純潔なんて、守れなかった。

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妻が冷たい。毎朝目玉焼きとハムを焼く匂いで目が覚めていた、あの頃が懐かしい。妻が冷たい。最近寝てばかりだ。起きてても、ずっとソファーで横になってテレビを眺めてるだけ。今日の夕飯は、デリバリーのピザだった。ただいま、とお帰りなさい、がなくなった。行ってきますと行ってらっしゃい、もない。妻が冷たい。そんな妻との距離がどんどんと遠のき、僕も冷たいんだろうな、と今更気付く。ほんとうは、そっと触れたいけれど、もうその感じを忘れてしまった。だから今日も妻は冷たい。

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ダフネちゃんはエイチアイヴィーポジティブのトランスジェンダーパフォーマー。針を皮膚に突き刺し流血のパフォーマンスを行う。私の血は毒なのよ。妖しい笑顔がそう言ってるみたい。さわらないで、とだきしめてが行き交う不安定な純粋さ。あの血を舐めてみたい。そういう危険な遊びが、ずっと好き。未来なんて、どうでもいい。今がハラハラなら。

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ソーシャルネットワークサービスというのにはまっていた時、仲の良かった同級生を見つけてしまった。その子はもう結婚して、ふたりの子供がいた。幼稚園からずっと仲良しだったのに、それは本当に遠い昔のことで、そこには子供の頃のあの子はいなかった。私と同じようなあの子は、私ではなかった。好きだったのかなあ?そう考えるとちょっとくすぐったかった。そして切なくなった。もう遠すぎる、と思った。婚活しよう、そうしよう。

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女に化ける自分に酔い痴れるのが好き。永久の美を追求したい。自分とならベッドを共にしていい。そんな自分が、痛くて、大好き。

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ハルヤマはミホコの事を忘れられなかった。わたしにだって、忘れられない人くらいいるわよ。

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