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四六時中の刹那 (3)

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みかちゃんの手をとって歩く。みかちゃんの手にはいつも力が無くて、握っても、握り返してくれない。家畜のように、無意味なみかちゃんが、私の唯一の友達。いじめられているみかちゃんと、いじめられている、私。みかちゃんと遊んでも、わくわくする事なんて無くて、ずっとずっと、こんなふうに人生が続くのかと思うと、つらかった。みかちゃんの手を今日も握る。それがとてつもなく嫌でたまらなくなって、みかちゃんの手をギュッて、強く強く握った。みかちゃんは、何にも言わない。私は、私が、きらい。

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ゆう君が浮気をしていた。貰ったメールを返すのに躊躇した。今どこにいるの?と打ち込んで、一息待って、送信した。まだ仕事中、って返事が来て涙がこぼれた。目の前にいるでしょ?女の人と暖かそうに。

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女の子が目の前にいると、その子をどうやって落とそうか考えてしまう。そればっかりやっていたから、もう子供が4人もいる。母親は3人。金だけ要求してくるやつらは、ただの面倒な寄生虫みたいだ。あいつらも同じ事考えてるんだろうと思う。ろくでなしが、また女変えて、って。女は消耗品だ。消え入る刹那の慰み者だ。今が夢みたいなら、俺は一生ものの愛なんていらねえ。

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ここは何のしがらみもない、楽園。来たい人が来て、来たくない人は、来ない。働ける女の子たちは重宝された。新しく来た二人組の女の子は、すごく若くてちょっとドキドキした。だってその子たちがあまりにも痛そうだったから。一人の子には無数の切り傷があって、私とおんなじだと思った。でももう一人の子には、まるい点々が沢山あって、よく見ると全部根性焼だった。みんな何かしらの自傷跡があった。みんな抱えているものは目に見えない、心の中にあって、それを紛らわすためにお酒を飲んだり、お金を使ったり、はしゃいだりした。姿かたちは違ったけれど、あそこにいた女の子たちはどんな友達よりも優しかった。

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浮気をした理由なんて、言えない。考えてもみてくれ、妻とは相思相愛だったし、お互いの事を信頼して、死ぬまで連れ添う覚悟?予定?だった。これは決して気の迷いからしてしまった浮気とかではない。恥ずかしかったんだ。もう20年も連れ添ってきた。だから、ちょっとずつ新しいことを提案してみたりしたんだよ。そう、夜の生活の方の。だが、あいつはもともと淡白で、あまりめんどくさい事はしたがらなかったし、結局諦めてしまったんだ。それが10年ほど前だ。でも興味というのは一度気になり始めたら再燃するものだと思うし、俺は諦めきれず、そういういかがわしい事が出来る店に行ったんだ。でもそれじゃ金が持たない。特殊な事が出来る店は結構高いし、ばれてしまうと思い、俺はとうとう趣味の仲間を見つけたんだ。それを浮気と言われれば、俺は反論できない。だが、ただの趣味仲間、という考えなんだ。無理だよな、これ理解してもらえないよな?ああ、どうしよう、ばれてるのかなあ?

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桜並木を駆け抜けて、月夜に照らされ桜吹雪を浴びる。桜の花の湿った甘いにおいが鼻を突く。父ちゃんが、死んだ。なみだが、出ない。

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女の体を持っているのに、男の娘になりたい。ふざけてるよね?

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年を重ねるたびに、肉体も衰えていきます。怖いですねえ、やっぱり。しわが増えたり、肌に張りがなくなっていって、比べてしまいますよね。隣にいてくれるのはありがたいと思います。でもあの時のことを考えると、ちょっと後悔しているのも事実ですよ。ほんとうに私なんかでよかったのか、と。さっちゃんの肌はまだつやつやで、しわもないですし、そんな肉体に触るのもくちづけするのも、最近は躊躇してしまうんです。だから、逃げてしまおうかと、ちょっと考えてしまうんです。

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市子ちゃんが死んだって。それを知ったのは昨日の午後、高校の頃仲の良かった友達からのメッセージでした。市子ちゃんを最後にみたのは、私が当時働いていたショップにたまたま遊びに来てくれ、またねと言った時、3年ほど前の事でしょうか?摂食障害という病気と聞きました。笑顔で話してくれた市子ちゃんの体は宇宙人のようにやせ細り、私はどうしてしまったのだろうと興味は湧きましたが、他人の事に踏み入れなかったので何も聞く事が出来ませんでした。私は自分が心の病気だった時、話したいと、さわらないでが共存して大変だったので、あなたの事は分かりません。病気は克服したと聞きましたけれど、体の方が悲鳴を上げていたのですね。差し込んだ光の中で逝かなければならなかったあなたがどんなに無念だったのか、私にはあまりよく分かりません。それはこの世に生きる全ての物が、他人の死なんて本当にどうでもよいように出来ている証明になりませんか?冷たいね、とよく言われます。でも、人間って薄情なものですよ。きっと市子ちゃんの事なんて、数年に一度ふと思い出すだけ。みんなもきっとそう。私の事なんて、一度も思い出さない。

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かーちゃんがあのおっちゃんに殴られると、おれは全力で、あのおっちゃんに突っ込んでいく。あのおっちゃんに勝ち目なんてないけれど、おれはかーちゃんが好きだからどんなに痛くても、かーちゃんの味方だ。でもいつもかーちゃんは、歯向かうおれに一撃をくらわす。それがあのおっちゃんの蹴りよりもいてーんだ。そしてその時のかーちゃんの目は、恐ろしいほどつめてえ。

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世間では嫁いびりとかずっと騒がれているけれど、うちは例外なのか婿いびりがすごい。妻の実家に行くたびに孫はまだ出来ないのから始まり、マイホーム建てろ、終いに給料の話になる。それが嫌で何度か妻の実家に行くのを拒んだら、実家から帰ってきた妻から酷い嫌みを言われるようになったので、渋々ついていく事にしている。それを乗り越えたら、心なしか妻が優しくしてくれるので、いい気になっていた。でも、最近ふと思うんだ、あと何年このいびりに耐えなければいけないのか、と。

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ガリウムになりたい。そしたらあなたの体温で溶けて、私はあなたを脆化させ、ガリウムに変換させるの。そうすればいつまでも溶けあっていられるでしょう?沸騰させるには随分高い温度が必要だから、そのままじっと、そのままでひとつになっているの。そしてね、離ればなれになったとしても溶けあったままだから、実質的にはいつまでもくっついているの。

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あしたが来ることが、ずっとつらい。でもいつもその繰り返し。最後の日を夢見るというよりは、ただ淡々とこの無意味な日常を繰り返しているだけ。毎日お金を数えて、売上金を入金して、雑務をこなす。それが、絶望のようでたまらない。逃げ出すとか、そんな大それた事は出来ない。何か、映画の中でしか起こらないようなことがはじまればいいのに。

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お母さん、お父さんから、あなたは逃げたとずっと聞かされていました。昨日戸籍謄本を見たのですが、それは真っ赤な嘘で、あなたはわたしを産んだ年に亡くなっていました。なんでお父さんはそんな嘘をついたのでしょう?戸籍謄本をとったのは、実はお父さんには内緒でタイに行くためです。お母さん、私の体を女に産んでくれなかった事を恨んでいると思いますか?知らない人に恨みという感情は湧きませんし、もし仮にあなたが生きていて私を育ててくれたとしても、恨んだりはしないでしょう。お金と時間と精神的苦痛はありますけど、私が私として生きる事を自分で選んでいける事にむしろ感謝しています。普通の人間は生まれた性で一生を全うしていきます。何も疑問なく、そのまま生きていくのでしょう。でも私は違いました。体と心が一致せず不安定ではありましたが、自分で選択できるという不思議な喜びというものがありました。お母さん、会えていたはずなのに何も思い出せない事が唯一悔やまれます。この姿と手術後の姿を見せられないことが悔やまれます。我が子はいつの日かこの腕に抱きたいと思い、精子は保存していますので、この血は途絶えないと思います。

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写真の中に閉じ込められた私は、今どこでどうしているんだろう?おとぎ話みたいな世界で、同じ日を繰り返しているのだろうか?

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やっぱり女優や俳優って、むかつく役をやらせてどれだけ嫌われるかが優劣を左右するよな。

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私は凛ちゃんと6年間がむしゃらにやってきたんやから、何であんたたちがそんなふうに凛ちゃんを泥棒みたいに盗っていけるかがわからん。人間やからもちろん言いなりにはならんし、凛ちゃんにも自我っちいうもんがあるけん、私もついカッちしてしまって手が出る事はあった。けどな、私と凛ちゃんの6年間は、あんたたちが思うちょんのよりもずっといいもんや。凛ちゃんやって泣きよるやんか。凛ちゃんには母親が必要やし、何で?もっと酷い目にあっちょん子は沢山いるはずやろ?なんで私が凛ちゃんを取られんといけんの?

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