でっかい花火を誰かと見たかった

15年前の夏を思い出していた。

大阪に居て、大学を卒業したくらいだ。
就活を全くしなかったせいで当たり前のようにフリーターをやっていて
しかもそのフリーターすら満足に務まらずに
欠勤を繰り返してやめてしまって
流れ着いた場末のガールズバーで
客引きに精を出していた。
自慢じゃないけどキャッチは得意で
けっこうな成績を上げてはいたけれど
なぜかリピーターはほとんど付かず
店内で指名をもらうことも全然なくて
おかげさまでいつも都会の片隅に突っ立って

「ガールズバーいかがっすかー?」

と道行く男たちに声をかけていた。

「くっそー天神祭かよ」

横で一緒に客引きをしているなっちゃんがぼやく。

「今日シフトに入ってないやつはリア充確定ってことやんな」

私もぼやく。

大阪イチのでっかいお祭り、天神祭。
花火も上がる年に一度のイベントの日に、私たちは雑踏の中で立ちん坊だ。

店でのリピーターも指名もなければ
リアルのリピーターも指名もない。
つまり彼氏がいない。
いればとっとと花火見に行ってますって話で
大阪イチのでっかいお祭りの日にガールズバーでキャッチをしているのは
モテない認定のハンコをドン!と押されてるようなものだった。

「こんな日にガールズバーにおるような女のとこ、誰が来たいんやろか?」

虚しくなって私はなっちゃんに聞いてみる。

「祭りなんて関係ないくたびれたオッサンか、ナンパ失敗した酔っ払いやろ」

どっちにしろ最悪やなー!
と、自分のことを棚に上げてまたボヤく。
いつもと違って、嘘みたいに客が捕まらない。

「ガールズバーいかがっすか?」

と声をかけても

「天神祭行かへんの?」

と笑いながら返されてしまう。

「おにーさん来年連れてってなー!!」

こちらもそう言って笑い飛ばしながら
はー、と肩で息をつく。

神戸で生まれ育った私は
「祭り」
という文化があまりない。
だから祭りの日に彼氏が居ないことを
あんまりリアルに受け止めてなかったのだけれど
道行く人はみんな
花火、花火!!
天神祭!!
ってテンションで
乗り遅れた感じがすごかった。

彼氏、作っときゃよかった。
いやいや、作っときゃよかったって言っても
がんばったところで作れたんかなあ?
無理やったろうなー……。
そんなことを考えていると
ジワジワと落ち込んでくる。

「やばい、帰りたなってきた!!」

帰ってビールかっくらって花火のことなんて忘れて死んだように寝たい。
頭を抱えた時だった。

ドーンという音がして
雑踏がにわかに騒がしくなる。
バラバラバラ……
花火のくだける音。

「花火、始まった」

なっちゃんと空を見上げた。
空を見上げたって、都会のビルに隠れて、花火なんて見えるわけがなかった。

ドーン。

それでも花火の音は聞こえる。
バラバラと、またくだける音。
人の歓声、たまやーという声。

なんだか自分たちが雑踏の中でちろちろ這い回るネズミになったような
妙に自虐的な気分だった。

「はしれ!!」

なっちゃんが言った。

「花火見るぞ!!」

嫌な気分をかき消すように
唐突に、なっちゃんが走り出した。
つられて私も走り出す。

2人で雑踏を掻き分けて走った。
花火が見えるところを探して走り回った。
ここも見えないし
あそこは見えるけど人だかりだし
あ、あっちはどうなん
歩道橋人いっぱいで登られへんなー

ドーン
ドーン

花火の打ち上がる音がする。
私たちは走った。場末の飲み屋街を、走った。

「見えた!!」

なっちゃんが叫んだ。
人混みを避けて、一か八か花火と反対方向に走った商店街の端っこだった。
ビルの隙間、真っ暗な路地裏の空に
小さな花火が打ち上がった。

ドーン

音が響く。
バラバラと花火がくだける。

ドーン
ドーン……

私となっちゃんは黙って並んで
路地裏の小さな打ち上げ花火を見た。

たーまやー
かーぎやーー……

どこかで誰かが叫ぶ。

いらっしゃい、いらっしゃい。
客引きの声。
どこからか漂ってくる、焼き鳥の匂い。

ドーン。

ひときわ大きな花火が打ち上がり消えた。
煙が晴れるのを待っているのだろうか。
空がシーンと静かになった。

「かえろっか」

私は言った。

「うん」

なっちゃんも言った。

「てんちょー、怒っとるかなあ」

ふたりでミュールをカラカラ鳴らしながら歩く。

「てんちょーも花火見に行ってたりしてな」

「やりそー。カノジョおるらしいもんな」

「まじで?」

「スナックで働いてるねんて」

「ほな今日は浴衣着て同伴ちゃうか」

ケラケラ笑いながら私たちは店に戻った。
途中で酔っ払いの二人組を引っ掛けて店に上げた。

「来年は彼氏と見よな」

そうなっちゃんと誓ったものの
結局一度も、彼氏と天神祭に行くことはなかった。

あの夏のでっかい花火
誰か好きな人と見たかったけど
都会の路地裏で見た小さな花火も
それはそれで、良い思い出なのだ。

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?