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あらゆる風景は「心象風景」である〜『みんなの立石物語』を読んで〜

『みんなの立石物語』(みんなの立石物語プロジェクト編)は、立石に暮らす一人ひとりの歴史と「心象風景」を記録に残すプロジェクトである。と同時に、かつての「風景」が大規模な再開発によって失われつつあるいま、なお残すべき「立石らしさ」を掘り起こすための営みでもある。

『みんなの立石物語』第1号

読んでみてまず感心したのは、これが単なる資料的な冊子としてではなく、読み物として実に面白く、読者の興味を引かずにはおかない内容に仕上がっているということである。

名店の店主が語る驚きのエピソードから、立石の生き字引による歴史的証言、そして立石に暮らす人々の街への思いなど、長く立石に暮らす人でも「へぇ〜!」と声をあげそうなトリビアが散りばめられ、読みごたえ十分。

木村屋豆腐店のご主人の、次の言葉は衝撃的だった。

「父親が死んで自分が豆腐屋を継いだ時、葛飾で豆腐屋が三五○軒あったの。今十五軒切ってる」

豆腐屋が! 葛飾だけで! 350軒!!!

今から40年ほど前にすぎないのだが、ちょっと想像を絶する世界である。

ちなみにネットでサクッと調べてみたところ、現在の葛飾区のコンビニの数が、およそ160店ほど。その倍以上の豆腐屋があったということになる。

あと、解説で谷口榮さんも触れていたが、「しらかわ」の2階の「開かずの間」の話は面白すぎる。「そんなことあんの?」と思わず脳内でつっこんでしまった。ものごとを自分の常識で計ってはいけない、ということを改めて思い知らされた。

そんな具合でどのお店の話も面白かったのだが、「立石の歴史証人」である我妻敬さんが語る「兵隊寅さん」のエピソードもまた、異色な感じで印象的だった。

なんと、あの「寅さん」のモデルになったという人が、立石の縁日でテキヤの出店の差配をしていたというのだ。

たぶんこの話ひとつとっても、ヤフートピックとかにアップされたら、ものすごいアクセス数を稼いでしまうような気がする(笑)。

そんな歴史の一端を知るだけでも、街の風景が少し違って見える。それは、「風景」というものが、私たちの外側だけにあるものではなく、私たちの内面に像を結ぶ「心象風景」として成立しているからだろう。

だから、おなじ居酒屋を見ても、あなたと私とでは、全く違う居酒屋が見えているのかもしれない。あるいは、あなたにとって全くどうでもいいものが、私にとってかけがえのないものであったりもする。

人が互いに分かり合おうとするとき、私たちは自然とこの「心象風景」を交換し、共有しようとする。「心象風景」の共有は、一面的に見えていた世界を多層的な姿に変えていく。この多層性が、「心の豊かさ」を育む土壌になるのだと思う。

本書を読んで、「千べろの聖地」と呼ばれる立石の秘密に迫るもよし、あるいはもう一歩踏み込んで、この本の続編の制作に協力するもよし。というのも、「みんなの立石プロジェクト」による、街の人々への聞き書きは、まだまだ、まだまだ続くらしいのだ。

プロジェクトの詳細については、下記のホームページから見れるそう。

本書を購入できるお店も掲載されているので、どうせ買うなら、立石まで足を運んで買いたいところ。

読んでいると、立石の街にますます興味が湧いてくるのと同時に、「自分の街でもこのプロジェクトやってほしいなあ!」という気分になってくる一冊である。

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