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メソポタミア文明での歯科:歯科医療の歴史(紀元前②)

 前回は、古代から現在までの医学の歴史概説と、エジプト文明での歯科について話をしました。そのエジプトに近いところにあったメソポタミア文明における歯科について話をします。(小野堅太郎)

 エジプト文明は、穏やかなナイル川両岸における肥沃な土壌を基盤とした農耕産業の発展と、砂漠などで周囲からの攻撃を受けにくいため、比較的安定した長期の王朝を維持して発展してきました。それに対して、チグリス・ユーフラテス川周辺に発生したメソポタミア文明は、川の氾濫と外敵の侵攻(政権交代)で大忙しの文明です。農耕だけでなく、交易の拠点として発展した城壁都市です。メソポタミア文明に関する2つのnote記事(ニケイさんとみんなの世界史さん)を紹介しますので、是非ご覧いただきたい。両アカウント共にほぼ歴史を網羅しており(すべて無料)、めちゃくちゃ面白いです。

 上記の記事を読んでいただくとわかるように、エジプトと比べて、争いの絶えない歴史であり、支配民族も次々と変わっていきます。個人的には、この文明こそ科学情報拡散のハブであったのではないかと感じています。交易と多民族支配は、世界中に情報を拡散させていったでしょう。過去の創造神話の紹介記事では「ギルガメッシュ叙事詩」を外しましたが(創造神話ではない?)、洪水による人類消滅話があり、聖書ノアの箱舟や北欧神話ラグナロクのあきらかな元ネタがあります。また、「占いから学ぶ」でも書きましたが、天体観測による太陰暦を確立し、エジプトの太陽暦よりも正確なカレンダーを作って氾濫する川の未来予測を行います。過酷な環境が科学を生み発展させた、と考えられます。

 科学の基本は伝承です。メソポタミアに以前から住むシュメール人たちは、楔形文字を発明し、粘土板に情報を写しこむわけです。メソポタミアを支配したアムル人、ハンムラビ王(バビロン第6代王)はハンムラビ法典を楔形文字で残します。有名な「目には目を、歯には歯を」です。復讐の代名詞ですが、実際は「復讐がエスカレートしないように、痛み分け。」が目的であったとされています。メソポタミアのユーフラテス川のほとりからシュメール人の教典が発見されています。ここにはなんと「歯痛は歯の中の虫(蠕虫)が暴れているから」との伝説があります。日本でも、身体の体調が悪いときは「虫」のせいにします。漫画「蟲師」をご存じの方もいると思います。これが語源かどうかはわかりませんが、「虫歯(う蝕)」という日本語に共通点を感じます。治療法は、前回のエジプト医学でお話しした「ヒヨス(ナス科)」と「乳香」を混ぜて、歯の上に置いて呪文を唱える、というものです。エジプトより、こちらが元ネタかもしれません。ヒヨスを灰にしていないのと、呪文を唱えるという違いが面白いです。

 前記事でも登場した古代ギリシャの歴史家ヘロドトス(紀元前5世紀)は「バビロニアには医者がおらず、病人は町の広場に集まり、病気がなおあった経験を持つ通行人から治療法を教えてもらう。」との話がある。完治した病人は、治療法を書いた板を神殿に奉納し、後の人たちに伝えられていく。この方法は、エジプトのみならず、後のギリシャにも伝わっていく。非常に合理的な方法です。王朝のお抱え医者と、民衆独自の医療という点が、いずれ書かせていただく江戸時代の日本の医学と共通点があります。

 さて、次回はインダス文明・中国文明の歯科医療、といきたいところだが、小野はあまりよく知らないのです。インダス文明は現在のインドからパキスタン、アフガニスタンの地域ですが、そもそも調査が足りていないようです。インド医学として「アーユルヴェーダ」が有名です。医学書として三大古典があり、その一つ「チャラカ・サンヒター」に歯磨きの記述がある。ニームの木の枝で歯を磨くというものである。これはのちに仏教に取り込まれ、お釈迦様の歯磨き指導(菩提樹の枝:歯木【シモク】)へとつながる。これが三蔵法師によって中国へと伝わり、楊柳(カワヤナギ)の枝と使うようになって、「楊枝」となる。

 面白いのは、まず、ニーム(インドセンダン)。薬木であり、独特なにおいがあるそうで虫よけに使われています。歯の痛みの原因が、虫であるという概念は中国医学にもありますので、その関係でニームの枝が用いられたのかもしれません。次の菩提樹ですが、お釈迦様ですから当然菩提樹でしょう。菩提樹の薬効については知りません。最後の柳ですが、これはすごいかもしれません。柳の葉や樹皮にはサリチル酸が含まれています。これをアセチル化すると、アセチルサリチル酸、そう、抗炎症剤アスピリンとなります。おそるべし中国医学です。中国医学では、神格化された「神農」と「黄帝」が出てきます。歯に関する話は知りません。

 それでは、いよいよ次回からギリシャ医学です!


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