やっぱり生だね。(駄文)

悪ふざけでこういった文章を書くと下心ありありなのに「いや別に今泉が珍しくnoteを更新したから見に来ただけだけど?」ってテンションのファッキン糞野郎が沸くんですけども、言いたいことはそういうことではなくて、ライブのことですね。


長く過ごした吉祥寺からは遠く離れた東の地で暮らす日々。
素敵で可愛らしい日々ですよ。
とても、充実してます。
それでも私に貼り付いて消えてくれないものがあります。
希死念慮、と呼ぶのは少し角ばっている感じがしますね、それに見えるような漠然とした不穏な気持ち。
それを丸め込もうとする私の生の精神。
そいつらが脳みその右へ左へ。
くだらないことです。
姪っ子が「見てお尻〜!」といいながら腰を右へ左へ。
どちらの右往左往が良いかなんて、一目瞭然です。
私は今、人生の中のとても希少な幸せな時間を過ごしている。
生活の最悪を考えなくてもすむような時間、人間が持つ幸せを分けてもらえるような立場、何を恨み、妬み、怖がり、隠れる必要があるのか。
それでも漠然とした思いが駆けていく。
肩をすぼめ、下を向く。
私は、私は。

明日、スタジオに入ろ。
と、思う。
それは今日ライブをしたから思う。
明日入れなくても、近いうちに、次の休みに、と思う。
ライブにはえげつないエネルギーがある。
そこにいる人達がバチバチ弾けて輝いている。
私はそれが一番の輝きだと思う。
魂のそのまんまの色だと思う。
幸せな毎日の中に溢れる焦燥はどんなことをしても拭えない、誤魔化すしかないから毎日誤魔化す。
心の底の底では分かってることを見ないようにしてる日々、でもライブをすると見えてしまう。
私が生きたいなと思う瞬間とか死にたくないと思う瞬間はいつもステージの上に乗っている。
カッコいい音とリズムがギャンギャンと私に叫ぶ。

あぁ、ここにいていいんだ。
私はここにいたいんだ。
自分が自分でここにいたいと思うんだ。
と感じられる。

久しぶりに会えた人達、聞けた歌、素敵だと素直に思える。
この場所で飲むお酒ほど美味しいものはない。
ヤケクソで煽るものとは雲泥の差がある。
ライブハウスという場所で、私なりの発表をする。
それが払ってもらったお金に見合うのか?
は?知るかよ、金なんて、金でしかねぇだろ。3000円の価値なんて人によって全然違う。
明日の食うものがなくなる3000円と、あろうがなかろうが気付きもしない3000円。
そんなもんを基準に歌なんか歌わない。
私は私を基準に歌う。
好きなものがある。ワクワクするものがある。それを忘れてしまいそうになる。
ライブハウスに行くといつもそれを再確認できる。

音楽は、いつでもそこに在るのだ。

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