見出し画像

自己責任社会の終焉

「知る」と「できる」は違います。「知る」っていうのは案外簡単なんですよね。 ネットで検索して知る。 AIとチャットをして知る。 人間は簡単に知ることができます。 ただ、「知ったことをできるか?」というと、 ここには深い溝があります。 だから、お金を稼ぐとか、性格を変えるとか、 ダイエットするとか、なかなか叶わないですよね。


ネットには、「ノウハウ」が大量に投稿されています。それらは毒にも薬にもならないので新たなノウハウが、 次から次に世界に投げ込まれる。 こうやって、自己啓発業界、教育業界というのは成り立っています。


人間が簡単になりたいものになれたら、 自己啓発業界はそもそも市場として機能しませんよね。 今よりも100分の1とか1000分の1ぐらいの規模になっていると思うんですね。 今なぜこれだけ書店に自己啓発本があるのか。 それは、ノウハウを知っても「できないから、変われないから」です。


夢が実現しない人が大多数ですから、 自己啓発ジプシーたちが、次から次に本を買ってくれて、 オンラインサロンに入ってくれて、動画を再生してくれると。 こういう構造なんですね。


なぜ人間は変われないのか。 知識を得ることはできても、なぜ実行できないのか。これまでの人々の考えでは、 「努力が足りない、時間が足りない、 やり方が間違っている」みたいなソフトの面に注目していました。 なぜそういうふうに考えていたのかというと、 「人間というのは、努力次第で何にでもなれる」という環境決定論だったからです。「人間は空白の石板である」という考えが支配的だったんですね。


人間は何でもかんでも「変更できる」と考えます。 確かに科学も発展し、医療も発展し、 そして人々の生活の在り方、 文明はどんどん発展してきました。人間はいろいろなものを改変できます。 ただ一つだけ変えられないものがあるんですね。 それがすでに生まれてしまった人の遺伝的構成です。これは変更できない。そしてこの遺伝的構成が個人の人生にかなり影響している。だから努力じゃ改善できない領域があるんです。繊細な人は図太くなれないし、怒りっぽい人は冷静になれない。

ここから先は

2,711字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?