『夜明けのすべて』三宅唱

ネタバレを含みます。



男女の恋愛に依らない作品のなんと尊いことか!となりました。

異性でも同性でも、なんでもかんでも恋愛に繋がらないのが現実の人間関係。なのに、ことドラマに関して恋愛というものは上位を占めていて、惚れた腫れただのもう飽きたし(いや、面白いものもたくさんあるんですけれどね)実際そういうことってないし、なんかもっと他にないですか?ってところに登場したこちら。主人公2人は男女ではありますが、人間としてお互いの弱さを助け合う関係。そして、周りがみんな良い人!特に職2人の職場である栗田科学なんて、こんな環境ある?!ってくらいに本当にあたたかくって。

この作品、最初から最後までサイクル(循環)とそこから逸脱してしまった人、そして逸脱してしまったんだけどゆっくりと回復していく様が統一して、非常に映画的に描かれているように思われます。(こちらで三浦哲哉さんも指摘しておられます。http://www.kaminotane.com/2024/03/05/25508/)

冒頭、バスのロータリーでベンチに横たわり、バスに乗れない上白石萌音。パニック障害で電車に乗れない松村北斗。バスも電車も同じところをグルグルとまわるもの。生理も月のサイクルと言えますね。2人ともそれに上手く乗れずにいる。

お互いが抱えているものを認識し合い、助け合う中盤。電車に乗れない松村北斗のために壊れた自転車をあげる。文字通り、サイクルをあげるわけですね。その自転車で坂道や公園脇を駆け抜けて行くシーンは躍動感があってとてもよかった…

終盤に向けて、プラネタリウムを成功させようとする2人。このプラネタリウムというのも円形で、投射する機械はさながら映写機のようで、光と影を操る映画まんまではないか!と感動すら覚えました。

登場人物の2人だけではなく、周りの人もみんな様々なものを抱えている。詮索せず、無関心でもなく、適度な距離で助け合い支え合う。こんなに令和的で優しい映画はほかにないんじゃないか…。

上白石萌音が「栗田科学で働けて幸せでした」と辞表を社長に渡した時、社長はカメラに背中を向けていてどんな表情をしていたのか窺い知れないのですが、それでも差し込む光と社長演じる光石研の背中だけで涙が出てくる。

恋愛するでもない、どったんバッタンとアクションが繰り広げられるわけでもないし、サスペンスやホラー要素があるわけでもない。特筆すべき出来事が起こるわけではなくただ淡々と毎日が繰り広げられているだけで、こなにもドラマティックなのかと新時代の映画を提示してもらったような、大変幸福な時間でございました。

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