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『市子』戸田彬弘

あ、シチューはご飯と食べる派なんや。と思った序盤。
同棲している恋人からプロポーズされた市子は大粒の涙を目からポロポロと流し、心の底から幸せを噛み締めている。ように見えた。のに。

翌日にはバッグに荷物をつめ、ベランダから逃げ去ってしまう。BGMがわりに流れるニュースの音声から、事前情報を入れていなくても観客はうっすら気がつく。白骨死体が発見されたことと市子の逃亡が無関係ではないことに。

そこから現在と過去が交差しながら市子の人生が明らかになっていく。市子のはずなのに、いつの間にか月子と呼ばれる女の子。小学生、中学生、高校生の友人から見た市子は複雑な家庭事情を匂わせながらも、あるいはそれゆえか小悪魔的な魅力を持ち合わせており、市子について語る登場人物たちの言葉に耳を澄まし、市子の言動に目を凝らす。バラバラに差し出されたピースを必死に繋ぎ合わせ、市子の全てが明らかになった時、市子が流した涙の持つ意味、ベランダから逃げ出したわけを解する。

詳しいことはネタバレになってしまうため明言できないものの、社会から存在を許されない人間が幸福を、いや、日常を追い求めることの苦しさ、社会のシステムが掬いきれずにいることによって生まれる悲劇、そしてそれらを知らずに生きてきた自分の特権的環境に愕然とし、打ちひしがれた作品でした。

市子を演じた杉咲花の圧倒的演技力は言わずもがな、脇を固める俳優たちの確かな実力、そして市子の人生をパズルのように見事に浮かび上がらせた監督の手腕に拍手!!

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