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ショートショート6『かき氷』

かき氷のシロップは香料と着色料が違うだけで全て同じ味らしい。

この事実がテレビやネットで有名になった時は衝撃だった。だって、レモン味はレモンの味がするし、イチゴ味はイチゴの味がするような気がするのだから。

つまりは視覚情報や、漂う香りで別のものだと認識してしまうという事だ。


でも、それは人間にも当てはまる。

フリフリのワンピースを着ている女性はイチゴ味。サイケデリックで個性的な装いの若者はメロン味。地味だけどサラッと爽やかな社会人はレモン味。浅黒くてチャラついたチンピラはブルーハワイ味。

根っこの価値観や考え方、生き物としての成分は皆同じで凡庸なのに、ポジションを確保するために自分は個性的だって躍起にラベリングしているにすぎない。好きな音楽や、好きなファッション、趣味に至るまでその為の手段でしかない。

僕以外の人間は全員そうだ。そう確信している。くだらない世の中だ。
そんな価値観はかき氷のように一瞬で溶け去ってしまうのに。


9月末の或る日、コンビニでレジの列に並んでいると、前に並んでいる男性の体臭が気になった。もう夏は終わりかけているというのによれよれのTシャツから生乾きの匂いが発生しているようだ。

ふと、その男性のカゴを見ると、味噌味のカップ麺、オムライスおにぎり、メロンパン、どら焼き、2Lのサイダーが入っている。

体型を見るからに一度で食べるんだろう。

変な食い合わせ。
「1ジャンル1つまで」の縛りを自らに課して買い物をしてるんだろうか。


さらにカゴには雑誌が2冊入っており、その内の1冊は基本的にハイブランドしか載っていない男性向けのファッション誌だった。

いやいや。ファッションに気を遣っているタイプじゃ無いだろ、あんた。
今着ているTシャツもチノパンも拾ったのかと思うような生地感だぞ。

もう1冊は結婚情報誌だ。

見栄張りやがって。結婚なんか出来ないでしょ、あんた。
レジの店員さんが可愛いからって格好付けてるのか。


男性がレジを済ませて店を出る。
僕もタバコだけ買って店を出る。

自転車にまたがり自宅に向かっていくと、前方を自転車で走る先ほどの男性が目に入った。どうやら家の方向が同じなようだ。

次の角も、その次の角も同じ方向。尾行をするつもりは無いけど、そうなってしまっていて何だかドキドキする。
あんぱんと牛乳でも買っといたら良かった。自転車乗ってるから食えないけど。

男性が自転車のスピードを落とす。どうしたんだろうと目で追っていると、彼はタワーマンションの駐輪場に入っていった。

驚いた。てっきり彼は安アパートに帰ると思っていたから。
あんな見た目で結構稼いでるんだ。
ここ安い部屋でも家賃30万はするんだぞ。
となると結婚も現実味を帯びてきた。


この時、僕のかき氷理論は崩れ去った。

外部情報なんて全く気にせずに、生き物としての成分だけを鍛えている人もいるんだな。言うなれば、シロップをかけずに氷の質だけで客を満足させているかき氷だ。

そんな事を考えながら、僕も同じタワーマンションの駐輪場にピンクとオレンジに塗り分けたピストバイクを停めた。

カードキーで部屋の扉を開けて帰宅する。

明日からは街の様子や人々が違った風に見えそうだ。
僕は少しワクワクしながら、レインボーに輝くサンバイザー、蛇革のノースリーブのコート、金色のホットパンツを脱いでクローゼットにしまった。



【終】


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