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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

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2015年11月の記事一覧

ハッタリ



「物を変えると、少し自分が変わりますよ。これは自分の延長なんでしょうねえ」

「延長」

「機械や道具なんかがそうでしょ。言葉を文字に書くのは、言葉の延長。話すことの延長でしょ。そのために紙とペンが出て来た。当然、その前には木の札に書いたり、石版に刻んでいたかもしれませんが。木の札にしても、そんなもの落ちていない。木を切り取って平らにしたんでしょ。これは竹でもいい。墨もインクもそうです。最初か

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昔の人達



 これは不思議でも何でもないのだが、二百年前、三百年前、そこで暮らしていた人達は、どんな感じだったのかと、竹村は考える。そんなことを思うようになったのは、暇なのか、あるいは急に気になったのかは分からないが、若い頃には思わなかった。人には興味があり、興味どころか、色々な人との絡みで生きているようなものなので、それらの人々に関する情報は大事だ。実際に関係があるためで、一寸した認識や判断の違いで、人

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ツタが絡まる窓



 岸本は写真撮影の趣味を持ってから、ものがよく見えるようになった。それは望遠レンズで見るため、よく見えるとかではなく、観察眼だ。ただ、これには目的がない。何のための監察かと問われると、特にない。

 ものがよく見えるようになったのは被写体を探すためだろう。ただ、岸本は写真撮影には殆ど行かない。日常の中、立回り先で写している。

 その日も住宅地の車の少ない道を歩きながら被写体を探していたのだが

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酔生夢死



 人の気分は天気のように変わりやすい。これは天然自然でいいのだが、これをやり過ぎると気分屋と呼ばれ、不安定な人のように思われる。そのため、気分が変わっても、隠していたりする。そんなそぶりを見せなければ、気付かれないためだ。しかし、天気の移り変わり、流れのようなものは気分の上では生じているわけで、これは意外とコントロールしにくい。

 今まで意欲的だったものがそうではなくなったりするのは、晴れの

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人徳のない先生



 秋吉は年老いてから誰も訪ねて来ないような暮らしをしているが、その一回り先輩の大垣は長老のまま今でも活躍し、当然訪ねてくる人も多いし、また色々な集まりに参加している。大長老なので、当然だろう。

 その誰も訪ねて来ないはずの秋吉の古屋へ若いグループが訪ねてきた。奇跡のようなものというより、場違いだろう。秋吉直参の家来のような連中ではなく、そこを飛び越えて、縁もゆかりもない若者達だった。

 秋

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ある小春日和



 よく晴れた晩秋、それなりに暖かく、風もなく、穏やかな小春日和。和田は何処かへ出掛けたくなった。天気予報を見ると、晴れているのは夕方までで、翌日からは三日ほど雨が降るらしい。出掛けるのなら、今だろう。

 朝、起きたばかりの和田は、さて、何処へ向かおうかと考えた。平日なので行楽地も混んでいないが、行きたいと思えるところがない。遠い場所ならあるが、それでは旅行になる。一寸長い目の散歩でいいのだ。

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午郞の渡し



 大きな平野の端の町で、すぐそこに山が迫り、その切れ目に川が通っている。山際まで住宅が建っているのだが、その少し手前に、昔からあるような町がある。その周囲は殆どが旧農村で、その町だけが町屋が残っていたりする。寺社も村風ではないものがいくつか屋根を見せている。郊外にある小さな町なのだが、歴史は古い。

 町は川沿いにあり、そこにスナックなどの飲み屋が結構集まっている。その一軒の食堂でおでんのすじ

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高年レビュー



 本屋のスタンドで吉岡は雑誌をペラペラ立ち読みしているとき、そのペラが一瞬止まった。佐々木のイラストが載っていたからだ。二人は美術学校の同期生で、石膏デッサンの帰り、よく飲みに行った。その後も比較的長く付き合っていたのだが、お互いの仕事が忙しくなり、家庭もでき、画学生の気楽さからも卒業していた。

 二人とも当然絵では食べていけないので、日曜画家のようなことをしながら勤めに出ていた。

 吉岡

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ある共有



 地方地方、土地土地に謂われがあり、それらを共有していた時代がある。それほど広い世界ではなく、身近な世界だ。村とかがそうだろう。

 その共有というものが広くなり、ただの情報になってしまうと、薄いものになる。決してそれは軽いものではないが、多すぎるのだ。共有が多いと、ひとつのことだけに構ってられない。それに時期が過ぎると、そんな共有もいつの間にか消えていたりする。

 その村には昔から共有して

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名だけ残っている人



 五十年ほど前に活躍していた人となると、今はもうその名が出ることは希だ。百年前となると、よほど名を残した人でないと無理だろう。また、誰もが知っている人となると限られる。これは繰り返し繰り返しその人名が出てくることが条件かもしれない。

 平田の五十年前というと生まれた頃だ。物心が付いてからだと四十年前からこちらは結構記憶にあるが、それも思い出す機会を与えてくれないと、出てこない。

 本屋へ行

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魔術と魔法



 怪しいものは正体が分かってしまうと何でもないことだったりするが、その間、色々と想像し、この世の原理ではないようなものが作動しているのではないかとか、やはりもう一つの世界と何処かで繋がっているようだとか、あらぬ事を考える。当然その前に、これは何等かの現実的な原因であることはうすうす分かっていることなのかもしれないが。

 怪現象と同じように人の気持ちや考えが分からないことがある。人の思惑は怪現

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錬霊術



 昔の錬金術師は一種の科学者だ。占星術者も天文学者だろう。

 錬金術師は物質に強い。物理学や化学にも通じていたに違いない。当然薬なども。その中から精神的なものを物質的なものとして捕らえる心霊学者が出て来ても不思議ではない。今考えると有り得ないが。

 ある物質を金に換えるのは金は少ないから値打ちがあるためだ。大量に出ると、値打ちはない。また金に代わるもので代用できるのなら、金はいらない。金の

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