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7. 大都市に臨むオレンジ色の部屋 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

強迫症的なオレンジ色の部屋

7. 大都市に臨むオレンジ色の部屋

 夕焼けの大都市を眺めながら、わたしはおもいだす。

 わたしはかつて旅人だった。旅はもうやめた。都市も田舎も、どこへいっても同じだった。
 土地を語る者たちは、陳腐な情動を愛だと喧伝し、それを真実だとおもいこみながら死ぬ。歴史を知る建造物は、儀式的な意味を喪失してしまった。悠久のふりをする自然は、人間によってすでに汚されてしまっている。
 旅で知ったことは、わたしはどこへいってもつねに異邦人で、わたしはわたしの世界の住人であるということだけだった。

 わたしは大都市へ帰ってきたのだった。
 大都市はいつでもけたたましく大声をあげている。何かを主張しているようにみえるが、実はなにも語っていない。それにもかかわらず、沈黙することを恐怖している。人々の感情が交錯し混淆する。それらはあまりにも陳腐な法則に則っているが、人々は気づかないふりをしているのか、あるいはほんとうに気づいていないのか、陳腐ささえも愛しているようにおもわれる。かれらは怠惰による寂しさを都会によって慰められながら、うつろな情動を信じている。でたらめな真実は愚者たちを甘美に誘惑している。でたらめの真実に、みなが救われている。

 わたしは、大都市がわたしに干渉することをゆるさない。だから、少し離れたこの部屋から、大都市を眺めている。
 大都市に臨む部屋は、わたしに数多の寓話をみせてくる。
 それらはなんて馬鹿げているのだろう。とりとめのない寓話たちがとても愛おしくみえる。
 大都市の幻想をまえに、城塞と化していた論理の部屋は崩れおちた。
 崩れおちゆくアラベスク模様は美しかった。
 夕焼けの大都市を眺めながらおもう。わたしも、でたらめの真実に救われている者のひとりなのかと。

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