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1. 薄明の命名者 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

強迫症的なオレンジ色の部屋

  1. 薄明の命名者

 はじめ、部屋は真っ白であった。
 東を臨む部屋は、周囲のなによりも空に近い位置にいて、大都市を眺めていた。
 わたしは部屋に坐り、朝陽を待ち望んでいた。闇の色によく似ている白い部屋に、光りがさすことを願っていた。

 ある朝、夢のように晴れた日の朝だった。唐突に始まった朝だった。突如として、世界が色に満たされたのだ。色は天空の向こう側から太陽の贈りもののように降りそそぎ、たちまちに空全体を満たした。月さえも抑えこんでいた漆黒がついに切り裂かれ、光りがあふれだした。人間の傲慢によって沈黙させられていた地表は色の渦にのみこまれ、空を冒涜しながら聳えたつ大都市の鉄塊群も、罪がゆるされたかのように神々しく色に染められていた。

 色は世界を抱擁し、祝福しているかのようだった。法悦の感覚が、部屋へも流れとけだしていった。天空と部屋は境界を失い、気がつけば、わたしは空の一部だった。
 そのときわたしは確信した。わたしは救われたのだ。
 なぜなら、わたしは使命を負ったからだ、この色を名づけるという使命を。
 あらゆる人間的な欲望によって疲弊していたわたしには、薄明の色は福音のように輝いていた。
 この色がほしい!
 この世界にあるものはなにひとついらないから、喉から手がでるほど、この色がほしい。
 この色に手を伸ばし、それが掴みとれたなら。そうすれば、絶望に美しさをみいだすことでしかいきられなくなってしまった、この不幸な魂はついに安息を得ることができるだろう。そして嘆くことさえゆるされずにいるこの忌々しい人生が、幾許かはましになるだろう。
 わたしは存在の証明をするために、この色を手に入れるのだ。
 わたしが薄明の色の命名者にならなければならない。

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