見出し画像

2. オレンジ色の研究 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

強迫症的なオレンジ色の部屋

2. オレンジ色の研究

 単純にオレンジ色だというには、薄明の色はあまりにも複雑な具合であった。
 わたしは薄明の色を再現するための研究を始めた。
 そもそも、オレンジ色は風変わりな色だ。
 陽気な風を装っているが、その奥には空虚な道化師のような悲しみが宿っている。熱っぽく刺激的な佇まいだが、官能的なそぶりは一切みせず、実のところ厳格である。なにかに駆りたてられているかのように、つねに神経質に緊張している。気難しい色だ。奇抜な趣味とこだわりをもち、強欲なわりには冷淡な態度をとっている。執着心が強く、囚われたようになにかを蒐集することを好む。美しくもあり、醜くもある。

 しかし薄明の色は、そのような病的な色ではなかった。
 人間的な色では決してなかった。それは神秘からの贈りものだった。
 天国のような色というには、あまりにも残酷な色だった。天国から追放されて地上へ突き落とされたかのようだった。天使は地上に堕とされてもなお祝福をふりまくことで、自らを救えるのだろうか。しかし、天界からの祝福にしては、救いがたい色であった。とはいえ地獄の色というには、あまりにも甘美であった。どこか、この世界と、この世界の外側の、ちょうど周縁のようなところからやってきたような色だった。いうならば、祈ることでしかいきるすべのない、この世界を一度絶望した人間の、最後の願いが報われたような色だった。

 わたしは毎晩薄明を待った。あのときの色はもう二度とみることができない。類似する色はないものかと、自然界に存在するあらゆるオレンジ色を探した。琥珀や蝋燭の炎、罌粟の花、橙色の羽をもつ蝶──わたしは自然からうみだされた美しいオレンジ色を蒐集し、あらゆる角度からそれらを眺め、最適だとおもわれる具合を塗料として再現した。
 しかし、もとめているオレンジ色が完成することはなかった。
 その色は存在しないのか。あるいは、みることができないのか。人間の網膜も脳もなんて脆弱なのだろう。光りを知ることさえできないのだから。 
 薄明の色の研究は、ゆきとどまってしまった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?