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3. オレンジ色の囚獄 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

強迫症的なオレンジ色の部屋

3. オレンジ色の囚獄

 かつてわたしは、人類の技術を賛美し、悠久な歴史を憧憬し、それらにかかわるものから美を感じていた。

 わたしは自分の目を満足させる美しいものを蒐集し、部屋の装飾に勤しんだ。自然界に存在する貴重な鉱石を、その道に精通する職人によって見事な装飾品に変えさせ、玄関を飾った。美しい大理石のテーブルに、なめらかなベロアが張られた椅子や、艶やかな毛並みの虎の毛皮の絨毯。それらをどの位置からみても均衡が美しい調子で部屋に配置した。孔雀を象った真鍮の燭台はかつて西の国の居城で使われていたもので、それを革張りの安楽椅子の横に据えていた。わたしの一番のお気に入りは寝台だった。その枠は様式化された男女の番が細やかに掘られた木彫りで、昔の芸術家が気まぐれで掘ったというものだった。シーツはすべて橙色の絹で揃え、昼間のあたたかな陽射しを夜でも思いだせるようにしていた。

 薄明の色との遭遇は、その趣味を真っ向に変えてしまった。その色への希求は、人間の手によって創造されたものへの価値を否定し、物質的な欲求も人間的な欲望もすべてつまらないものにしてしまった。わたしは薄明の色を手に入れることだけに、自分の存在意義をみいだした。わたしの部屋は、オレンジ色の研究によって試された、さまざまな具合のオレンジ色によって一面が塗りつくされていた。かつてわたしの胸のうちに熱っぽく存在していたはずの価値を失った調度品たちもまた、オレンジ色に染まってしまった。

 病的なオレンジ色にまみれた部屋で、あるときわたしは薄明の色の再現ができないことを知った。ようやく、自分が薄明の命名者になれないことに気がついた。
 オレンジ色の研究に夢中だったわたしは、部屋の外で起きていることなど気にもせず、できそこないのオレンジ色の部屋で、たったひとり、世界から隔絶されていた。

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