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『仕事とは何か?』

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『仕事とは何か?』について、共同執筆するメンバーと書いていきます。 今の参加メンバーは、15人です。 交流の輪を、広げていきたいです。 更新頻度は皆様にお任せしています。 たま… もっと読む
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さて、新年度もスタートして新しい場所や新しい人材と、仕事に関わる環境が変化し、其々に困惑やら高揚⁈もあったのではないでしょうか。 私はというと、歳のせいかこの職場は今何がおきているのか…というおかしな印象を持ちながら、新しい職場と新しい感覚で諸問題に向き合う事となった。 そんな私事の小さい部分でも、知人や友人からは、私の異動先を含めて賛否両論な意見をいただく事が、ここのところ多い。 私だけでなく、人のイメージや仕事のイメージって、前述のとおり賛否両論だが、実は向き不向き

トライ&エラー

さて、私事ではあるが、いつも思っていたりする事がある。 何か新しい事を始める時やダメ元でも、アクション起こしてみるという、場面って結構あるもの。 これはビジネスも含めて、人生も同様で、誰しも迷いや不安があるものだが、結果上手く行く事もあるし、後から失敗になるケースもあったりする。 しかしながら何かをチャレンジする事は年齢は関係なく、向き合う心を忘れてしまったら、何処かで張りがない面白味がない事柄で終わってしまう気が、ここ数年来感じている。 人の一生って、儚いもので短い

スキなこと

スキなことを仕事にする こんな幸せなことはない と、良く言われるが はたしてそうだろうか? スキを仕事にすると 妥協しにくい。 スキだから。 仕事として割りきってできない。 何でも良いという選択肢がなくなる。 スキを仕事にすると 周りとの熱意の差が生まれる。 スキだから。 適当にやっているヤツをみるとイラつく。 だからといって、みんながみんな スキを仕事にしていないので 強要できない。 スキを仕事にすると 採算があわない。 若手は特に、やりがい

続3.公共施設の行方

ポイントとトライアル 前回の続き。 さて、とても私観的な上に、参考になるかどうかは別として当時の記憶をたどりながら感じた事や反省すべき点を含めて記してみる。 まず、提案者側や受け側として双方に合致するものとしては 1. ビジネスとして成り立つかどうか 2. 社会貢献として認知度が高いかどうか 3. 地域への影響や還元的要素 など、企業の業態にもよるだろうが、基本的にこれらは重要なポイント。 そして提案側が求めるものと不安要素 1. その地域に将来性がある

続2.公共施設の行方

サウンディングの重要性 さて、またまた独り言。 全国的に公共施設の在り方の考え方や嗜好が変わりつつある現代。 少子高齢化のご時世、古き良き部分を重用しながらの新しい考え方が求められていたりする。 学校の校舎一つを例に挙げてみても、子ども達が少なくなったことにより、学校の統廃合などに伴い、空いた校舎の活用など自治体の予算やアイデアを含めて限界なことは言うまでもない。 私達ローカル自治体だからこそ例外ではなく、様々なアイデアや企画を募集している状況なのだ。 現代を生き

続.公共施設の行方

現状の間に 暇なオジさんの振り返り妄想録として、再始動。 大分ご無沙汰です。 昨年度末まで携わってきた、観光施設であり教育施設⁈の現在の状況を少しだけ、報告。 当初は、この施設全体を民間企業の方々に運営管理をお願いしたいと考えていた事案。 4年前からプロジェクトが始動し、画策⁈していたあの頃。 様々な角度からのご指摘を受け、施設全体は諦め、分離した管理となった。 今となっては、いや、当時の私達も段階を踏んだ上で、今のスキームがハレーションを起こさずの穏便な手法と

空が教えてくれる…。

働くことは孤独だ。 結果を共有することはあっても、 作業は基本的には一人 作業は基本的に自分。 誰かと会話をして 誰かと共有して 見た目は一人ではないけど スキルも、知識も結局自分のために必要になる。 評価を得るためにも、結果に繋げるためにも。 誰かが必死になってやったこともチームの結果になる。 サボろうと思ったらサボれるわけで やろうと思ったらどれだけでもある。 仕事はお金と一緒で寂しがり。 優しい人のところに寄ってくる。 一生懸命やっている人のところに集まってくる。

お久しぶりです

最後の記事から10か月💦 あれから 三重県の方にコーチング研修に半年通い いい結果で終了したのが3月 本当に公私とも色々ありました。 そんな中 KAWAPPIの社員話も浮上し 現在忙しく頑張っています。 このタイミングで お互い社員として 頑張らないといけない ラストスパートの年齢になり 一旦 お休みしようということになりました。 約5か月お休みし  今 新しい企画を考えております。 何もないところからやってきて 築き上げていく大変さ バッシング  事実を認めれない

「人生会議」に重ねた春空の記憶

この日は赤門のすぐ脇ある記念館で開催される研究会に、スポンサー企業として参加することになっていました。午前9時、蝉たちが盛んに囀っている大学構内に入ると、そこには歴史を感じさせるどっしりとした存在感が静かに横たわっている。僕だけではなく、親父も息子も崩せなかった東京大学の牙城が、今日だけはにっこり招き入れてくれている。 尊敬する本学ご出身の医師に相談され、本日はACP(アドバンス・ケア・ プランニング)について、つまり「人生会議」に関する講演を進めることになっています。「患

生きていく術さえ付いてしまえば人生は かなり自由なのである。 今、劣等感0なのは、 劣等感と闘いながらも 生きていく術を付けたからである。

適切じゃない仕事の仕方は、自己判断だった、と相手から見られる。

最高に、娯楽的なものを 作りたいなら、 要らない要素は、全部なくすくらいの気持ちが いいかもしれない。 インテリっぽさ が要らないなら 醸し出す程度に 抑えるのが いいかもしれない。 ※かもしれない ベースで考えるのは 他者が行った実験結果を、鵜呑みにするのではなく 自分の手で確かめることを 推進する目的がある。 私が娯楽を とても求める時といえば、 本当は 向き合わなければならない課題があると感じながらも 向き合わず 現実逃避したい時だな。 国際政治とい

社会人は、夢を広げ大きくすることと、夢を削って小さくして安心感・安定感を得ることを、柔軟に使い分けて生きていく。

夢や理想を大きく持てば持つほど、 そこと今の隔たりを感じて 心に隙間が出来る。 私は、心の隙間ができたら、 根拠のない自尊心で埋めがちだ。 そうなると 現状維持を強く望み 夢や目標を、小さくして 安心感を得ている。 鶏が先か、卵が先か、理論のような話だけれど、 仕事している社会人になってさえしまえば 夢や目標を削って小さくして安心感を得たり、 安定感を得たりすることも、 悪くないと思える、と思う。 夢や目標を、削って小さくする、とは言ったものの、

1年も経てば、先輩になる。

(会社にもよるし、あくまで一般的な意味で) 1年も経てば、先輩になる。 一番下っ端として入ってきた新入社員も、 1年経てば、先輩になる。 後輩が入ってきた時、 その1年間で学んだことを、 ちゃんと(正しく、わかりやすく、) 伝授できないなら、 1年間の過ごし方が 甘かったことになる。 責任を果たすこと、より多くのことができるように努力すること。 ⬆️(この意義を、疑わずに進んでいけるほどに 徹底的に向き合う、のは、かなりオススメである) そして、時に

自分より すごい人いても 全然嫉妬しない俺になりつつある。 上には上がある のは当然だと思っていて それが落ち込むことはもうない。 それに努力して結果を出すことが どれほど大変か わかっているから まっすぐ努力して結果出している人は 全員リスペクトしている。