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経済学者らが食料システムの変革を提言 「環境や健康に悪影響多く、持続不可能」

世界の経済学者らでつくる「食料システム経済委員会」(FSEC)は1月29日、食料システムの変革を求める報告書を発表しました。現在の食料システムは、地球環境や人間の健康に多くの悪影響を及ぼしており、このままでは持続不可能だとして、世界全体で年2000億~5000億ドル(1ドル=148円換算で29.6兆~74兆円)を投じて変革に取り組むよう提言しました。この結果、2050年までに食料価格は30%程度上昇するとして、持続可能な食料システムの実現のためには、消費者の負担増加も避けられないとの認識を示しています。
 
FSECは、ドイツ・ポツダム気候研究所(PIK)のオットマー・エデンホーファー氏や米国・コーネル大学のラビ・カンブール氏らが共同議長を務め、約20人の専門家が参加しているようです。日本からは、東京大学の石井菜穂子教授がコミッショナーとして名を連ねています。食料システムの変革(Food System Transformation)のことを略して「FST」と呼んでいます。
 
報告書は、食料システムについて、増加する世界人口に食料を供給するという重要な役割を果たす一方、「隠れコスト」として、地球環境や人間の健康に対し、年15兆ドル(2220兆円)の悪影響を及ぼしているとの推計を示しました。2020年の世界全体の国内総生産(GDP)の12%に相当します。内訳は、肥満や糖尿病、高血圧など食生活が原因で病気になるといった「健康コスト」が11兆ドル、生態系や気候への悪影響といった「環境コスト」が3兆ドルということです。
 
食料システムの隠れコストについては、国連食糧農業機関(FAO)が2023年11月に12.7兆ドルとの推計を公表しています。今回の推計と大きな違いはなく、食料システムによるさまざまな悪影響は年10数兆ドル、日本円で2000兆円程度、GDPの1割との相場観ができつつあるようです。
 
報告書は、こうした傾向が続けば、食料システムによる温室効果ガスの排出量は2050年には世界全体の3分の1に増えると予測します。この結果、食料システムを原因とする気温上昇は、21世紀末に産業革命前に比べ2.7度に達すると試算しました。
 
さらに、食料や栄養の不足により、2050年に6億4000万人がやせすぎのままだと予測します。インドや東南アジア、サハラ以南アフリカで特に多く、このうち1億2100万人が子供ということです。
 
一方で、脂質や砂糖、塩分、加工食品の過剰摂取により、2050年の肥満人口は世界全体で現在より70%増え、15億人になると予測します。肥満に関連した医療費は、現在の6000億ドルから2030年までに3兆ドルに拡大すると既に予想されており、さらなる増加にも警鐘を鳴らしています。
 
このほか、1人当たりの食料廃棄は2050年に76キログラムと現在から16%増える一方、多くの国での食料生産は気候変動や環境悪化の影響を受けやすくなるとも指摘します。森林破壊も進み、2020~50年でフランスの面積の1.3倍に相当する7100万ヘクタールの森林が失われるということです。
 
さらに、肥料や家畜の糞尿による窒素余剰は年2億4500万トンから3億トンに増加するとの予測も示しました。これにより、水の汚染や生物多様性の破壊、人間の健康への影響などが懸念されます。
 
報告書は、このままでは食料システムは持続できないと指摘する一方、変革すれば、年5兆~10兆ドルのプラスの効果をもたらすことができると分析します。その分だけ、隠れコストを削減できるということです。

食料システム変革による隠れコストの削減予測


 
具体的には、2050年までに栄養不足を撲滅し、食料を原因とする早期死亡から1億7400万人を救えるということです。また、4億人の農家が十分な所得を得られるようになり、新たに14億ヘクタールの土地を守ることができるようになると指摘します。農業・林業・その他の土地利用(AFOLU)による温室効果ガスの排出は、2040年までに吸収に転じるとの見通しも示しています。

農業・林業・その他の土地利用(AFOLU)からの温室効果ガスの排出・吸収予測

変革に必要なコストは2000億~5000億ドルと推計しました。具体的には、道路や灌漑など農村インフラへの投資、森林の保護、食品ロスの削減、食生活の見直し、農業に関する研究開発の強化などを挙げました。これらで2000億ドルが必要ということです。
 
さらに、食料が手に入りにくい貧困層へのセーフティーネットの強化も挙げました。食料システムの変革により、農産物価格は2050年までに約30%値上がりするとの予測を示し、低所得者の支援のために最大で3000億ドルが必要になるということです。

食料システム変革(FST)による食料価格の予測

こうした変革に必要なコストはかなりの規模の上るものの、GDP比では0.2~0.4%にとどまり、そのことで得られるメリットが5兆~10兆ドルに達することと比較すれば小さいとの見方を示しています。さらに、世界銀行やアジア開発銀行など国際開発金融機関(MDBs)の資金を活用することで、実現に期待を示しています。
 
食料システムの変革に向けた優先分野として、食生活を見直して健康な食事へ移行することや、補助金など各国政府による農業支援のあり方の見直し、炭素や窒素汚染への課税など税制の見直しを提言しました。さらに、デジタル技術の活用などイノベーションによる労働生産性の向上や、貧困層へのセーフティーネットの強化も指摘しています。
 
一方で、食料システムの変革によってさまざまな緊張が起こる可能性もあるとして、対策を講じる必要性も訴えています。具体的には、食料価格の上昇や、食料生産者の失業、貧富の差の拡大、既得権益者の抵抗などを挙げています。
 
FSEC共同議長のエデンフォーファー氏は報告書の公表を受け、「政策当局者は、食料システムの課題に正面から向き合い、長期的、短期的に世界に莫大な利益をもたらす改革に取り組む必要がある」とコメントしました。その上で、「この報告書は、誰一人置き去りにすることなく、われわれが恩恵を受ける方法について、関係者の間で必要とされていた対話を切り開くものだ」とアピールしています。
 
また、FSECの委員長で、スウェーデンの非営利機関(NPO)EAT代表のグンヒルド・ストルダレン氏は「食料システムは、人間と地球の予防医学として大きな可能性を秘めているが、現在は広範な被害をもたらしている」との認識を表明しています。その上で、「こうした悲劇を回避するため、世界の政策当局者は断片的な政策や規制を見直し、食料システムの力を積極的に活用しなければならない」と訴えました。

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