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リソグラフ、って何?

前回の最後で、“リソグラフのスタジオをやる”って言ったものの、それがどういうものか、多くの方は分からないまま話は進んでいると思います。そこで少しだけ説明をば。

リソグラフっていうのは、プリントゴッコでお馴染みの日本の理想科学が開発した簡易印刷機のこと。実は、そんなに珍しいものじゃなくって、大抵の学校や、ちょっと大きめの企業、官公庁等にあるコピー機のようなあの印刷機のこと。例えば大学時代のレジュメ作り等で、何度も何度も紙をつまらせてイライラした人もおられると思います(私がそうでした)。このリソグラフ、皆、安かろう悪かろうな印刷機だと思っておられる方も少なくないと思うのですが、半分はホント、半分は大間違いです。

このリソグラフは、多くの方はコピー機のようにブラックしか使えないと思っておられると思いますが、それは違う。中の印刷ローラーのような“ドラム”を入れ替えることにより、無限のカラーで作品を作ることができるのです。ま、無限と言っても、そのドラムひとつ買うのに新品だと15万もするので、言ってしまえば一色15万! つまり、いくつもそんなもの買えないのですが……。ただ、このカラーが、金や蛍光色など、普通に印刷ではなかなか使うことができない特色が目白押しで、かつそれらのカラーが混じり合う様がなんとも美しいのです。

このリソグラフを使って、10年以上も前から、大阪のレトロ印刷JAMという印刷所が、なんとなく懐かしい雰囲気の多色印刷を行ってきているので、「あ、あれか!」と思う方も少なくないでしょう。あれをもっと詰めてやってみたい、と思うアーティストやデザイナーも数多くいるものの、JAMさんでは、立会いで印刷ができない、ということ。その理由もホンッッッットーによく分かるのだけれど、やっぱそれでは楽しくない。なんとかならんかということで、僕は今から5年前、自分の印刷のためにこちらの中古を購入。そして1年半前に、立会いができるリソグラフ印刷スタジオ“Hand Saw Press”を東京の武蔵小山で始めました。

「珍しいことをやろうとするなぁ」と思っている方もおられると思いますが、実は日本で生まれたリソグラフだけれど、このようなオープンスタジオは、ほぼうちが日本初。でも世界に目を向ければ、北はバルト三国から南はアルゼンチンまで、世界中に500個所(毎年どんどん増えているので実数は分からず)以上、このようなスタジオがあるのです! 

これは、一応、stencil.wiki というリソスタジオのポータルサイトに、自ら掲載しているだけのスタジオ数。知ってるリソスタジオが、まだここに登録していないので、実数はどんだけあるのか全然分からない! でもこーんなにあるってだけでワクワクする。特に、ここ数年フランスのリソグラフのアート使用とか、アメリカのDIYユーズとか、本当に毎年毎年、どんどんいろんなデザイン事務所やパブリッシャーがリソを使い始めてる。実際、ウチのスタジオにも1週間に数件、海外のスタジオから連絡があったりする。ちなみに、手刷りのシルク印刷書籍「夜の木」で話題になったインドのタラブックスも、最近はシルクスクリーンとリソの二本立てで本を作り始めているのをご存知か? とにかく、やすかろう、じゃなくって、その独特の質感を求めて、リソグラフでの印刷が、今、世界を席巻しているのは事実。例えば、ほぼ使い捨てられていた国産ドラムマシンROLAND TR-808(ヤオヤ)をブロンクスの黒人たちがドープな使い方を始めてヒップホップの基礎を作ったように、今、日本の理想科学が思いもよらないところで、日本以外のアーティストたちが、単なる印刷機として以上の魅力を発見している、というのがこの10年くらいのお話。

なんでスタジオを自分が始めたかと言えば、武蔵小山の小さな飲食店舗(なぎ食堂武蔵小山店)の中に置いていたところ、チリからやってきたリソスタジオの方に、「日本だったら中古の安いリソグラフあるんでしょ? インクも結構安くで安定して手に入るんでしょ? 僕ら、全然手に入らないんだよ。それでもやってるし、楽しいよ! やったらいいのに」って言われたことが契機になっています。その後、武蔵小山の2人の物好き&モノづくり好き、安藤さんとシンケくんとの幸せな出会いによって、僕らは運良くスタジオを始めることができたのです。この話はとても楽しく嬉しいものなので、またいずれ。

ただ、このリソグラフ、簡易印刷機とはいえ、2ドラム(2色同時印刷可能)仕様だと170kg超えという重さだったりするし、簡単に持ち上げられる代物じゃない。ピアノ運送会社みたいな運送会社にお願いしないとちょっと運ぶことすら大変。普通の家に置くことなんてできない……と思うんだけれど、海外のリソグラフスタジオって、結構自分の家にドーーンって置いてたりするのね。もちろん家の広さもあるけれど、あのエネルギー量が本当に羨ましい。後先考えない感じとか(笑)。自分も個人で5年前に購入しちゃったんですが、店の事務所代わりの場所があったりしたからできたこと。それがなければなかなか踏ん切れなかったと思います。

現在、世界に目を向ければ、ほぼ毎週末に「アートブックフェア」と呼ばれる小部数印刷のイベントが行われているのですが、そこでは回を重ねるごとにリソグラフで刷った印刷物が多勢を占めるようになってきているとの話もあります。もちろんマイノリティな世界の中ですが、世界のアートやzineのシーンの中で、この無骨な機械はひとつのトレンドになりつつあります。

「京都でリソグラフの印刷所をやろうと思ってるんだけど」と人に話したとき、関西の多くの人たちから言われたことは、「JAMさんがあるから、たぶん無理だよ〜」という言葉。それは、僕も重々分かっていることではあるのだけれど、それでも自分がやろうとしていることはJAMさんとはかなり違う、アーティストと対面で向き合って、自分たちで作品や雑誌を作っていくことでした。それは、特別なことではなくて、例えばCold Cube Press(アメリカ・シアトル)やColour Code Print(カナダ・トロント)、Extrapool / Knust Press(オランダ)やCorners printing(韓国・ソウル)、Banana Fish Books(中国・上海)やPerfectly Acceptable Press(アメリカ・シカゴ)、Animal Press(ベルギー/韓国)や0.00(台湾・台北)、Lagon(フランス・パリ) ……のような、そんなスタジオをやってみたいというだけ。実際、自分の友だちたちも、僕らの動きを見ながら名古屋でリソスタジオwhen pressをスタートさせたり、松本でParades Galleryや新宿の老舗zine shopであるIrregurar Rhythm Asaylam (通称:IRA)、そして神戸塩屋の旧グッゲンハイム邸、果てはシャムキャッツの個人事務所においてまでリソグラフが常設されていたりと、自分の友人間ではもはや特別なものではなくなってきているのです。

噂では、京都の大手チェーン大垣書店が、堀川商店街あたりに印刷に特化した総合ビルを建てるという話もあるし、河原町四条を下がったひとまち交流館には5色のカラーを備えたリソグラフ印刷機が使える公の施設もある。果たしてそんな場所でリソグラフのスタジオが可能なのかどうなのか、そのスタートを伝えていくのが、このnoteだったりします。

と、言うことで、話は京都での物件探しへと戻ります。あ、いくつかメールをいただいているのですが、僕はまだ京都へは移住しておりません(7/24現在)。この夏休みに動く予定。それも含めて、お伝えしようと思っております。


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