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【連載】植松聖に抗う 3

 先日、市の選挙管理委員会の協力も頂き、主に知的障害者を対象とした模擬選挙というものを開催した。会場は市役所のホールをお借りして、ふたつの事業所から延べ30人ほどの当事者が参加した。介助者やスタッフも含めると50人以上が参加した、なかなかのイベントである。はからずも、わたしは市長候補の一人に扮してスピーチを行い、有権者の厳しい審判にさらされた。

 この模擬選挙の開催にあたっては、障害者の選挙について興味を持っておられる元大学教授の先生を迎えて、事前に数回の勉強会を開いたのである。「みなさんは朝ごはんを食べるときに、今日はパンにしようか、ご飯にしようか、と考えますよね。選挙もそんなふうに「選ぶ」ことなんです」 そんなふうにスタートした勉強会は、回を追いながら少しづつ、選挙の仕組みや、何を判断材料にして決めるのかといった話に進んで行った。

 「選挙は分からない」と多くの当事者が言う。「選挙」というものに、知的障害の人たちはどんなイメージを持っているのか。勉強会のさなかに、わたしたちが聞き取りをしたアンケートではたくさんの意見が出た。

・だれを選んでいいのか、分からない。
・投票所が暗くてお化け屋敷のようで入りにくい。
・字が書けない。
・漢字が多くて読めない。平仮名で書いて欲しい。
・投票券を箱に入れられない。
・投票所がしーんとしていて、分からないことを訊くにも声を出していいのか迷う。
・投票所で紙を何枚も渡されて、混乱する。
・選挙区が分からない。
・ヘルパーのサポートがないと、一人では投票所へ出かけられない。
・スマホやパソコンで投票ができたら、多くの障害者が参加すると思う。

当日の模擬投票会場。
選挙管理委員会のスタッフによって本物と同じようにセッティングされた。

 「暗いお化け屋敷のような場所で、何をしたらいいのかよく分からない」というのが、知的障害者から見た選挙の投票所のイメージである。じっさいにかれらに訊いてみると、過去に選挙へ行ったことがあると答えた人はかなり少ない。「行ったことがある」と答えた人も、「親が言った人の名前を書いた」という。政治は知的障害者から遠いのだろうか?

 わたしが月に数回、泊まり勤務で行くグループホームでのUさんの帰宅後の日常はいつもこんな具合だ。グループホームへ帰って車椅子から下りてオシッコをとり、寝ころがってテレビを見て、夕食、入浴、テレビで野球観戦をして(大のタイガースファンだ)、ニュースで試合を振り返りながら焼酎のコーラ割りを一杯だけ飲み、歯磨きをして、オシッコをして就寝。

 知的障害の人たちはまず、新聞を読まない。グループホームで新聞をとっている人を見たことがない。読んでも難しいだろうし、それ以前に新聞の紙面をめくることができない人もいる。たいていの事業所にも新聞は置いていない。選挙戦の記事や選挙公報はかれらには届かない。街中のポスターも車で送迎されている人たちは、ほぼ見る機会もないのではないか。

 グループホームでの夕食や朝食時には、テレビで流れてくるニュースに触れることもあるが、たとえばつい最近、わたしが泊まり勤務だったグループホームや翌朝の通所施設で唯一、幾人もの当事者が反応したのは、脳腫瘍のため28歳の若さで亡くなった阪神タイガースの元選手についてのニュースだった。

模擬投票の会場で事前説明を受ける当事者の人たち

 今回の模擬選挙の前にわたしたちは、市(行政)に望むこと、障害者として困っていること、改善して欲しいことなどを当事者に考えてもらい、じっさいに書いてもらったり、代筆をしたりして、それらの意見をまとめたものを市長と主だった会派の市議宛てにメールで送ることにした(グーグル・フォームのアンケートを利用した)。返ってきた議員の声を通じて、ふだん政治とコミットする機会の少ない知的障害者の人たちに、じぶんたちの日常と政治との接点を体験してもらおうという試みだったが、しかし返答が返ってきたのは市長のみだった。市議会議員はほぼ無回答である。

 当日は午後1時から始まり、選挙管理委員会のスライド説明を含めたレクチャー、グループごとに分かれての事前練習が3時頃まで。じっさいに投票所に模した会場を回ってみると、車椅子に乗っている人、目が見えない人、漢字が読めない人、じぶんで文字が書けない人、指差しならできる人、声に出して言える人、喋れない人、折りたたんだ投票券を細い投票箱の入口にうまく入れられない人、状況は様々だ。

模擬投票前の事前練習で

 3時過ぎからわたしを含めた3人の事業所職員が扮した市長立候補者によるスピーチ(各5分ほど)が始まった。若い男性のTさんの主張は、ものづくりの町の伝統を生かして町をもっと発展させていきたいというものである。若い女性のМさんは学校教育を見直して人にやさしい教育の現場を目指すというもの。そして最後のわたしのスピーチは障害者と共に、障害者と健常者が仲良く暮らせる町づくりをというもので、内容的に考えたらわたしが当選するだろうし、スピーチを終えたわたし自身もみずからの当選を信じてやまなかった。

 しかし開票結果は若い女性のМさんと同数得票で、アミダくじによる決戦抽選で見事にМさんに敗れ去ったのだった。わたしはわたし自身がよく知っている同じ事業所の男性当事者たちの動向から、かなりの男性票が若い女性のМさんに流れたのを知っている。そのあたりは今後の課題だろうか。

 今回、会場は市の選挙管理委員会の方々の監修のもと、投票も開票作業も、じっさいと同じ数の受付や立会人、管理者等を置いて、じっさいの投票所とほとんど変わらない形で行われた。記帳台も投票箱も投票用紙も、選挙管理委員会の方でじっさいの選挙とおなじものを用意して頂いた。

 長丁場ではあったけれど、当事者の人たちはそれなりに楽しんで、また一生懸命に模擬投票に参加してくれたと思う。グループごとの事前練習ではぎこちなかった投票の流れも、本番ではこちらが拍子抜けするくらいにスムースであった。前日、「よく分からないから、明日の模擬投票は休むかも知れない」と不安を口にしていた車椅子のHさんも、投票することが出来た。すこしばかり、選挙への垣根が下がってくれただろうか。

模擬投票前の事前練習で

 知的障害者の日常と政治をつなげるために、何が必要だろうか。現実の世界では、全国で40万人以上ともいわれる18歳以上の知的障害者はさまざまなバリアーによって政治参加から排除されているのが現状だ。それはかれらが「選べないから」「選ぶ能力がないから」では決してない。声はあるのだ。望むこと、改善して欲しいこと、困っていることは、ある。それを政治的な選択としてすくいあげるツールを健常者であるわたしたちの方が、この社会の側が、残念ながらいまだに持ち合わせていないということではないだろうか。

模擬投票前の事前練習で
前日まで不安だったHさん

 最後に、小さなつまらない話をオマケに書いておきたい。

 今回の模擬選挙の試みをせっかくなので、なるべく多くの他の事業所の当事者たちとも共有できたらと思い、わたしたちは市の障害者支援センター内にある市内の社会福祉事業の取りまとめ役である某社会福祉法人の代表へ「いっしょにやりませんか」と事前に声をかけて、協議の場を設けてもらった。

 当日はわたしも末席につらなったのだが、終始上から目線のこの某社会福祉法人の代表は「そんなに急いでやらなくても、来年の国政選挙に併せて調整して、そのときはマスコミも呼んで大々的に報道してもらおう」という主張をごり押しして来る。そしてわたしたちの選挙についての勉強会に大手新聞社の記者がすでに取材に来ていることも「マスコミはさまざまな絡みがあるから油断ならない。すこし軽率じゃないか」と不機嫌である。

 この代表はどうも市の教育委員会からの天下りで、同席していてわたしも名刺を頂戴した市の障害福祉課の室長たちは部下同然といった様子で、要するにこの障害者を対象とした模擬投票という企画を、みずからの政治的野心のために利用したくてうずうずしているのが見え見てといった体なのであった。そのためには国政選挙に併せる。

 わたしたちも今回の模擬投票に向けてスケジュールも含めて準備してきたので結局、折り合いがつかず、某社会福祉法人の代表は最後に「まあ、そちらさんはプレということで、やってくれたらいいですよ」とにこやかに言いながら席を立ったものの、その後、どうも障害福祉課の室長などから市長へ誤った情報があがったようで、後日に別件で市長と面会したわたしの職場の代表が模擬投票について当初「勝手なことをやってもらっては困る。市のホールを借りる許可も出てないんじゃないか」などと言われる事態もあったと聞く。

 当の障害福祉課の室長は模擬選挙の当日、たまたま通りかかっただけと言いながら会場の入り口近くで他の職員らと何やらひそひそ立ち話をしながら、しばらくこちらの様子を眺めていた。

 かれらはいったい、どこを向いているのだろうか? 

 組織があり、しがらみがあると、そこへさまざまな思惑や野心や欲望などの余計なものが菌のように発生し増殖するものだが、今回の勉強会の中で、当日の模擬選挙の会場で、ときに悩み、不安を吐露し、それでも一生懸命に選挙について考えて、じぶんの考えをまとめていったひとり一人の当事者たちの前で、わたしは苛立ちを隠せない。これらもまた、知的障害者を取り巻くわたしたちの世界の一部である。




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