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素晴らしい運命(お題企画「#映画にまつわる思い出」受賞記事)

2001年に公開されたフランス映画『アメリ』を初めて観たのは、試写会に応募して運よく当たったからだった。当時、好奇心旺盛な大学生だった私は、それまであまり馴染みのなかったフランス映画を好んで観賞するようになり、観るたびにフランス文化の魅力に触れ、映像の中でしか見たことのないフランスに憧れをいだき、しまいにはフランス語を習い始めるまでになっていた。いつか字幕なしでフランス映画を観れるようになりたかった。

フランス映画の中でも特にジャン=ピエール・ジュネ監督が描く独特な世界観に惹かれ、彼の新作を心待ちにしていたため、『アメリ』の試写会が行われることを知った際に祈るように応募したのだった。もともと映画館で映画を観ることは好きだったけれど、試写会に応募するほど早く観たいと思った映画は人生で初めて。もう20年以上前のことなのにこのときのことをよく覚えているのは、この映画を観た日を境に私の運命が決まったからだ。一本の映画が、自分の人生に大きな影響を与えることがある。

試写会当日。大学の授業の後、映画館へとドキドキしながら向かう。一人で映画を観ることには特別感がある。たった一人で別世界へ迷い込む覚悟が必要だからだ。劇場に着くと、個人的に落ち着く一番後ろの真ん中の席に座り、上映を待つ。一般的な映画鑑賞と違ったのは、事前に映画の感想を書くためのアンケート用紙が配られたこと。その紙を握りしめて数分後、待ちに待った映画の上映が始まった。

創られた世界だとわかっていながら、『アメリ』の世界観に終始引き込まれていった122分。空想好きで引っ込み思案なアメリが、パリでのなにげない日常の中で葛藤しつつも、少しずつ勇気を出して変わろうとする...。大学生だった私の心にとても深く響いた。物語は現実的だけど、おとぎ話のような映像が手伝って、人生は映画のようだと感じられたのだった。

鑑賞後の夢見心地な気分に浸る間もなく、観客たちが次々と劇場を後にする中、そのときに感じたことを精いっぱい数行に込めて書いてアンケート用紙を提出した。映画館を出たあと、しばらく心のなかで映画と自分との対話が繰り広げられた。一人で映画を映画館で観た後は感想を言い合う相手がいないので「ひとり感想発表会」をすることになり、帰り路にもんもんと映画のことを考えるため、余韻がより長く続く気がする。「まだ心は映画の中だけど、徐々に現実世界へと戻ってくる」まで、誰かと映画を観に行くよりも時間がかかる。大学を出たら社会に出るという人生の岐路に立っていた私は、この映画を観て「自分の人生をどんな映画にしたいか」と考えるようになった。

数日後、『アメリ』の公開日。友人に「もしかして『アメリ』っていう映画観た?新聞に感想載ってたよ」と言われ、驚きと感動で言葉を失った。どこかで公開されるかもしれないという淡い期待を胸に、自分の名前もちゃっかり添えた数行の感想文。それを新聞に掲載してもらえたこと、そしてなにより自分が感銘を受けた映画の感想が誰かの目に止まり、この映画を観に行こうと思うキッカケになれたかもしれないと思うと、感無量だった。

当時の私はフランスへの好奇心を膨らみに膨らませ、フランスへ語学留学することを考えてはいたものの、就職せずに海外へ行くことに対してとても大きな不安を抱えていた。それでも日々の小さな勇気が人生に大きく変化をもたらすことを、この映画を通して知った私は、迷いを振り切ってフランス留学を決心する。

それから約20年経った今、『アメリ』の舞台であるフランスに住み続けている。今まで良いこともあれば辛いこともあったけれど、それはどこに住んでいても同じことだったと思うし、この先も変わらないだろう。自らシナリオを書きながら、この先どう展開するかわからない映画のなかで生きているかのようだ。日々の暮らしの中で様々な決断をして経験を積み重ね、人の物語は作られてゆく。

どういうタイミングでどういう映画を観るかによって、人生の大事な決断をするときに映画が重要な役割を持つことがある。人との出会いと同じように、映画との出会いがあって、私は『アメリ』を観ていなかったらフランスに行く決心がつかずに別の人生を歩んでいたかもしれない。そうであったら、また別の物語になっていたはず。この映画が私のフランス行きのすべてを決めたわけではないけれど、心を動かされたことは事実だった。映画は人生のようで、人生は映画のようだ。

フランスに暮らし始めて数年が経ったころ、久しぶりに『アメリ』を観た。自分でも気づかぬ間に字幕なしで理解できるようになっていた時の感動は、過去にタイムスリップして大学生の自分に教えてあげたいくらいだ。

邦題では『アメリ』とシンプルな題だけど、原題はもう少し長く、『Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain(アメリ・プーランの素晴らしい運命)』という。おとぎ話のような題の割に、葛藤しつつも自分の人生を素晴らしい運命にしようとするアメリの映画にふさわしいと思う。それにこの題は応用が効く。

『○○の素晴らしい運命』の○○に自分の名前を入れてみると、自分が主人公の映画=人生ができあがるから。



#映画にまつわる思い出


画像 http://amelielefilm.online.fr/


【追記】
こちらの記事が、お題企画「#映画にまつわる思い出」の受賞作品に選ばれました…!ずっと大事にしていた思い出を選んでいただけて感無量です。ますます大事な思い出になりました。


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