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【エッセイ】優しく受け止め、そっと手放そう(テーマ:息)

月曜日の午前10時20分、ノートパソコンをリビングのテレビにつなげる。すると、M先生が画面いっぱいに映る。すでにヨガマットに座っていて、いつものように声をかけてくれる。
「〇〇さ~ん(本名)、おはようございます。今朝の体調はいかがですか?」
「先生、大丈夫です。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いいたします」
画面の端には、他の生徒さんたちがウォーミングアップしている姿が映っている。

このM先生のヨガレッスンを受けるようになって、かれこれ5年になる。以前はカルチャーセンターの広いスタジオで行われていた。風邪をひきにくくなったし、左膝を痛めたときも、右股関節に違和感があったときも、回復が早かった。それがコロナ禍となり、運動系の講座はすべて休講となった。いつ再開されるかわからなかったので、M先生が独自にオンラインによるレッスンを始めてくれた。

そして今、私たち生徒はそれぞれの自宅から先生とオンライン上でつながってレッスンを受けている。実家に帰っていたときは、実家から参加できた。旅行先から参加する人もいる。そんな新しい形のレッスンが日常になってきた。
「〇〇さん、両脚をもう少し手に近づけましょう、……そうです! よくなりましたよ」
先生の指示の出し方は適切なので、すぐに直すことができる。同年代の女同士ということもあり、健康のこと、体のことまで相談に乗ってもらうこともある。

ヨガのポーズは、8千万以上あるといわれているが、60分のレッスンでできるのは、30から40くらいだろうか。その中でも、腰痛持ちの私は「ネコのポーズ」、「ワニのポーズ」、「バッタのポーズ」が気に入っている。腰が伸びる感じが本当に心地いい。ヨガにはいろんな動物や昆虫が出てくるのも面白い。

レッスン中盤になると、ハードなポーズも登場する。「鋤のポーズ」は、最近それらしくなってきた。畑を耕す、あの鋤を地面に置いたときの形に似ているポーズだ。初めて様になったとき、M先生が私に向かってVサインをしてくれた。

最後の5分間は、「片鼻呼吸法」をする。自律神経を整えるのに効果的らしい。右の手の平を自分の顔に向けて、人差し指と中指を眉間に当てる。薬指と小指は折り曲げる。まず息を両鼻から全部吐き出す、「フ~」。親指で右鼻を押さえ、左鼻から深く吸う、「スー」。今度は親指で左鼻を抑え、右鼻から吐く、「フ~」。親指で左鼻を抑えたまま、右鼻から吸う、「スー」。親指で左鼻を抑え、右鼻から吐く、「フ~」。これを数回繰り返す、M先生の誘導の声に合わせて。

「息を吸うときは、幸せ、喜びなどの感情を見つめましょう」
私の頭に浮かんだのは、夫と両親のこと。
「息を吐くときは、緊張や不安、怒りなどの感情を見つめてみましょう」
すると、31年前の元同僚を思い出した。彼女とは一緒に進める仕事が多かったので、いい雰囲気で楽しくできればと、何度も働きかけてみた。しかし、どうしてもダメだった。退職する日、「今までありがとう」となんとか笑顔で別れた。そして今、あの日の彼女の表面上の笑顔を思い出してしまった……。

そのとき、M先生の声がした。
「その感情を優しく受け止め、息を吐くとき、そっとすべてを手放しましょう」
そうだ、もう終わりにしよう! まだ覚えている「彼女に対する感情」を、そっとすべて手放そう! そう思いながら息を吐いた。

月曜日、体だけでなく、凝り固まったものまで、伸びやかになる心地よさを感じている。

(テーマ:息  2021年11月に書きました)

最後まで読んでくださり、ありがとうございました m(__)m あなたの大切な時間を私の記事を読むために使ってくださったこと、本当に嬉しく有難く思っています。 また読んでいただけるように書き続けたいと思います。