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日記

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地下鉄の彼

地下鉄の彼

御堂筋線の車両の扉が開いて、たくさんの顔がホームに立つ私の方へと向かってくる。今まで会ったことのない人々の顔。でもどこかで見たような顔。顔、顔、顔。

昨年亡くなった義弟のことをふと思い出した。義「弟」とはいえ、私よりずっと年上だった彼は、十数年を癌と生きて亡くなった。最初の数年は何度も手術を受け、癌と闘い、再発してからは癌と共に生きることを選んだ。それでも亡くなる半年ほど前まで、緩やかに、でも確

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父の引き出し

父の引き出し

父が入院している。腸閉塞。高校生の頃に虫垂炎をこじらせ腹膜炎を起こし手術をした、その傷跡の癒着が原因だそうだ。70年近く前の手術の跡が今頃になって、と驚いた。

今回もまた手術をせねばならなかった。コロナ禍でもあり面会はできない。それでも手術前までは二日に一度、病状と治療法の説明を受けに病院へ通い、その際にタブレットを利用したオンライン面会をさせてもらっていたのだが、手術後はそれも叶わなくなった。

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記憶のパズル

記憶のパズル

アガパンサスがあちらこちらで咲いている。英国でもよくみかけた花だ。高く伸びた茎の先に柔らかな空色の花が花火のようだ。緑の筆を迷いなく走らせたような葉も良い。30年前にもみかけたろうかと考えるが、思い出せない。日本語名は紫君子蘭というらしい。「うちの近所にもようけ咲いてる。あっちもこっちもアガパンサスだらけやわ」と妹が云う。「そういえば、私も育ててたわ」と母が云う。「育ててたん?いつのこと?」と尋ね

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In Praise of Net Curtains

In Praise of Net Curtains

日本でいうところの「レースのカーテン」を英国では一般に'net curtain'という。そして、私の周囲の建築関係者の間で「ネットカーテン」の評判は至極低いものだった。窓という建築的にいうと「空間」を形作る重要でかつ効果的なエレメントを、その計算づくの直線できっぱりと区切られた「開口部」を、ぼやぼやふわふわとした布で覆ってしまうことに対する嫌悪がその理由だったのか。あるいは「他人の目を気にしてカー

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