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【読書】『天路の旅人』

たいてい小説より事実の方が面白いと思うけど、このノンフィクションなどはどんな小説よりもユニークである。真似できる人がいたらお目にかかりたい。ある方の8年の旅についてのノンフィクションを、沢木耕太郎さんが25年という時間をかけて書き上げられたこのご本を半月じっくり味わわせていただいた。

第二次世界大戦中に満州鉄道に勤めておられた西川一三さんが、密偵となり蒙古人の僧侶を装って奥地へ奥地へと日本のため日本軍のための旅に自ら出られた記録。  

何も持たず、食うや食わず、日本語封印の8年間を想像できるだろうか。若い人は托鉢を知らないかもしれない。私も最近は見かけることが減ったと思っていたらたまたま昨日は銀座4丁目の交差点に立っておられた。現代の日本でもいらっしゃるんだ〜と新鮮な気分で通り過ぎた。

それはともかく、西川さんは最初は抵抗があったけど山道をリュック一つで歩きながらその日食べるものを農家で分けてもらったり、砂漠を家畜の世話をしながら旅する仕事に就いたりしてアジアの奥地からインドへの道を行ったり来たり。当初は日本軍のために、敗戦後は自らの好奇心のために歩き続けられた。

旅における駄夫の日々といい、シャンでの下男の日々といい、カリンポンでのものごいたちとの日々といい、デプン寺における初年坊主の日々といい、新聞社での見習い職工の日々といい、この工事現場での苦力の日々といい、人から見れば、すべて最下層の生活と思われるかもしれない。いや、実際、経済的には最も底辺の生活だったろう。しかし、改めて思い返せば、その日々のなんと自由だったことか。誰に強いられたわけでもなく、自分の選んだ生活なのだ。やめたければいつでもやめることができる。それだけでなく、その最も低いところに在る生活を受け入れることができれば、失うことを恐れたり、階段を踏みはずしたり、坂を転げ落ちたりするのを心配することもない。なんと恵まれているのだろう

『天路の旅人』496ページ

朝鮮戦争勃発の2週間前に日本に帰って来られた後は膨大な旅の記録をまとめた以外は田舎で小さなお商売をして89歳まで生きられたという。

普通の生活を営むことに迷いがない、時には最上の喜びと感じる平凡な私にとってこの書物との出会いは意味が深く目が見開かれたような気がする。滅多に足を踏み入れることのない土地に本の中で旅をすることができて幸せだった。

もし良ければお手に取ってみてください。

新しい1週間の始まりがよき日でありますように。

富士山が見えた日はそれだけで幸せ

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