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短編小説『ドライブ・マイ・カー』

短編集『女のいない男たち』を意識して、一作目に書かれた短編小説。

つまり、いろんな事情で女性に去られてしまった男たち、あるいは去られようとしている男たちの話のヒトツということだ。

主人公は、車にも運転にも運転士にも、一家言ある中堅俳優・家福。いつもは自分で運転していたが、事情があって運転士が必要となった。

緊張感の伝わってくる女性の運転が苦手な家福だったが、こだわりのある彼にすら、シフトチェンジが分からないほど巧みな運転技術を持つ、偏屈で無愛想な女性運転士・渡利みさきが専属運転士となった。

その密室的なドライブ空間で、彼は、大声をあげて台詞回しを確認しながら劇場に向かい、終わればまっすぐ帰宅するのが日課となった。

そして、その大方無言の繰り返しの中で、友達がいないことを指摘され、そこから、20年連れ添った美しい女優の妻を癌で失ったこと、そして、とてもうまく暮らしていたふたりなのに、妻が共演した男優たちと関係を持っていたこと、それを知りながらも、理由を聞けないまま死別してしまったことへのウツウツとした思いなどが語られだす。

まぁ、そんな人だから、ずっとイジイジしている。

『僕の奥さんは意思が強く、底の深い女性だった。なのになぜそんななんでもない男に心を惹かれ、抱かれなくてはならなかったのか、そのことが今でも棘のように心に刺さっている』と、愚痴る家福に、

『それはある意味では、家福さん自身に向けられた侮辱のようにさえ感じられる。そういうことですか?』

と、切り込み、

『そういうのって、病のようなものなんです。・・・・・・・・頭で考えても仕方ありません。こちらでやりくりして、呑み込んで、ただやっていくしかないんです』

と、切り捨てる運転士・みさきの潔さが光っているし、それに対する家福のひとこと

『そして僕らはみんな演技する』も、家福としては上出来に思われた。





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