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飲み屋にて。後腐れない場所

今日も彼女がいた。
最近この飲み屋に来ると2回に1回は彼女がいる。20歳くらいの女の子でいつもカウンターの1番テレビに近いところに座ってる。

「ママ、焼酎」
「はい焼酎ね」
俺は彼女から2個開けた席に腰掛けた。

「おじさんいつもこの時間なのね。職場が近いの?」
「いや、職場も家も近くないよ。」
「じゃあ、ここが好きなのね。」
「そうだな、それもあるけど誰にも会いたくないからってのもあるな。」
「なるほど」
「後腐れない場所っていいもんだよ。」
「私聞いたことある。人はね3つの場所を持ってるって。」
「なんだい」
「えっとね、公的な場所、私的な場所、もう一つは、、、秘密の場所。」 

ママが奥から出てきて焼酎とお通しを持ってきた。
「はい、焼酎おまたせ。なに話してたの」
「ママ、おじさんね、ここが後腐れない場所だから好きだって」
「あら、それはどうも。この子面白いでしょ。」
「ああ、変わった子だね。ママこの子と話してて飽きないだろ」
「私はへんな子しか興味がないからね。」

「おじさん、このなめ茸が入ったオムレツ美味しかったわよ。」
「ママじゃあこのオムレツ一つ。この子に営業されたよ」
「はいよ」


「このニュースキャスターまだ風邪ひいてるみたい。」
テレビの方を向いていた彼女が急につぶやいた。

「そうかい?そんなとこ見てるのかい君は。」
「私いつも仕事終わったこの時間にここに来るからこのニュースキャスターの声覚えちゃったの」
「君はなんの仕事しているの」
「私? 普通の仕事よ。おじさんは」
「おじさんは、最も普通の仕事さ。」

彼女はまたテレビの方を向き、つぶやいた。

「でもこっちの方がセクシーだわ。鼻声の方が。私は好き。」

奥からは卵が焼けた甘く香ばしい香りがする。
この年になると、このくらいのどうでもいい会話っていうのが1番居心地がいいもんだ。

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