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ある夜 雑誌編集者Aの場合

これは私が24歳の時に過ごした、ある夜の出来事をそのまま書いただけのどこにでもある平凡な話。

その方からは突然電話が来た。
「〇〇の編集者の者ですが、今東京から取材に来ていてあなたを紹介されたので時間が合えば一度会えたらと思いまして。お仕事の話も。」と。


私たちは夜の20:00にバルで待ち合わせた。
私が先に店に着き待っていると、

髭の生えた男性が来た。
Tシャツと動きやすそうな黒いパンツで
くしゃくしゃの薄いコートを羽織っていた。
記憶では年齢は41、2だった気がする。
お互いはじめまして、と挨拶をし、
白ワインと前菜の盛り合わせ、あとサバサンドを頼んだ。

「なんか私、有名な雑誌の編集者の方だって言うから勝手にすごくインテリな雰囲気の方が登場するのかもって想像して緊張してました。本当、勝手な想像ですよね。」
と言うと、彼は
「なにそれ、面白いね。
で、どうだった?実際の有名な雑誌の編集者は」
と尋ねたてきたので、私は
「うーん、アットホームな方でした」
と答え、彼は
「いいね、それ嬉しい」と笑った。

私たちは割とすぐ打ち解けあい、仕事の話を終わらせた後も会話は盛り上がっていた。追加の料理をいくつか頼み、ワインを2杯ずつお代わりしたあたりで、時間はもう22:00を過ぎていた。

「これから取材予定のクラブに下見行くけど一緒に行く?通の人たちに評判の良いクラブと評判の悪いクラブをハシゴ」
と彼が興味深いお誘いをしてくれたので、
「クラブって実は行ったことがないんです。ぜひ。」と答えた。

私たちは店を出て、クラブに向かった。
例によって先に評判の良いクラブの方に着いてしまった。
地下にある真っ黒な金庫室のような重い扉を開けると、店内に音楽が響いていた。
お店の人は5.60代の男性が3人いて、それぞれの個性を放っている。ぐるりと見渡せる範囲の箱の中に既に10人くらいのお客さんがいた。
お客さんの年齢層は高めで、平均40代くらいだろうか。
皆、数回以上は通っているこなれた様子で、静かに音楽に体を揺らしている。
私たちはそこでお酒を一杯ずつ飲んで40分くらいで店を出た。


次に訪れた評判の悪いクラブは、先程とは真逆で誰でも入っておいで、
と言わんばかりのオープンで派手なエントランスだった。
そこでの音楽は、音楽そのものを楽しむというより、若者のパッションと欲望にまみれた快楽を後押しする役割だった。その証拠に猛スピードで歩いても5回はナンパされたし。
これもまた一種のユートピアなんだろうな、
とその空気感に浸った後、
私たちはクラブを出て外の空気を吸った。

そして彼は「なるほど。」とつぶやき、
「初めてのクラブツアーはどうだった?」
と尋ねてきたので
「なかなか面白かったです。クラブっていうのは
"こういうこと"なんですね。」と言った。
その時はもう1:30くらいになっていて、彼は
「最後に、これも取材先なんだけど良かったらバーに行こうか。評判の悪いクラブで締めくくるのも何だし」
と笑って言ったので
「そうですね、同感です。」と答えた。

私たちが行ったバーは年季の入った、雰囲気のある内装で名刺やステッカーが壁を埋め尽くしていた。
彼はジントニックを私はパインの何とかのカクテルを飲んだ。



「それにしても雑誌のお仕事って終わりがないですよね。私には絶対できないですね。
オフィスビルの中で夜中まで電気ついてるのって大体雑誌の出版社でしょう。」と尋ねると
「それは言い過ぎでしょ」と笑い、
「まぁ雑誌わね。でも今はこの業界も不景気だから意外と終電までには帰るんだよ。昔はタクシー代なんていくらでも出たんだけどね」
と教えてくれた。こう言う時代を感じさせる発言ってなんか好きだな、と思っていると
彼は
「君、おじさんキラーだよね」
というので
「それはないと思いますが。でも、ベテランの編集者の方が言うならそうなんでしょうか」と笑った。

時間は3:00を過ぎていて、
私たちはバーをでて少し歩いてから
「次は東京で」とアーケードの下で別れた。

20代前半の私は色々な大人と個性的な夜を過ごした経験がいくつもあり、
これはそのうちの一つの夜のストーリーです。

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