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アイヌ民族の狩猟信仰と、山の神の化身 - 「クマ」『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第十六回)』

「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。

またの名を「使わしめ」ともいいます。

『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。

動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。


神使「クマ」

ツキノワグマ

現在、世界には8種類のクマが存在しています。

・ホッキョクグマ
・アメリカグマ
・マレーグマ
・ナマケグマ
・メガネグマ
・ジャイアントパンダ
・ヒグマ
・ツキノワグマ

こうやって列記してみると、あの可愛らしい動物園の不動の人気者、パンダがクマであることに改めて気づかされますね。

パンダもクマの一種

このうち日本には、北海道に生息する「ヒグマ」の亜種「エゾヒグマ」、本州以南に生息する「ツキノワグマ」の亜種「ニホンツキノワグマ」の2種類が、生息しています。

数年前、北アルプスの焼岳を登山中にツキノワグマとニアミスをした時は、生きた心地がしませんでした。とはいえ、ツキノワグマはヒグマに比べて体も小さく、雑食性ですが主に果実や植物などを食べるおとなしいクマなので、遭遇したとしても危険は少なかったでしょう。

しかし、クマが人を襲う事件、事故は度々発生して、ニュースなどで報道されます。近年の、森林の減少などといった里山の環境の変化や、人が都会に集中し山間部を中心とする村々が過疎化するなどの環境要因は元より、クマ自体も餌を求めて行動半径が広がったり、その習性に変化が見られることも要因となっています。

古くは、「三毛別羆(さんけべつひぐま)事件」、「福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件」といった一度に複数の死傷者をだす悲惨な事件も発生しています。

現代に生きる私たちは、このようにクマというと「獣害」が思い出されるせいか、怖い印象の方が強く残っています。キャラクターとなって描かれたクマは、あんなに愛らしくて、優しそうなのに。。。


アイヌ民族とクマ

エゾヒグマ

北海道の先住民族である「アイヌ」。

アイヌ民族は、自然に存在するもの全てに「カムイ(神、神格を有する高次元の霊)」を見出し、崇め、讃えてきました。

例えば、太陽は「ペケレチュプカムイ」、月は「クンネチュプカムイ」、山は「ヌプリコロカムイ」、川は「ペッオルンカムイ」、疫病は「パヨカカムイ」、人に恩恵を与える神は「ピリカカムイ」など。

動物も全てが神であり、オオカミは「ホロケウカムイ」、ウサギは「イセポカムイ」と呼びました。

そんな中でもアイヌ民族がとりわけ、その存在を重じて来たのが「キムンカムイ」と呼ばれるヒグマでした。キムンカムイは山の神と同義語であり、神が人間の世界に降りてくる時は、ヒグマの体をまとって降りてくる。だから全てのヒグマは、神そのものであると考えていました。

山の神が「ヒグマ(キムンカムイ)」である一方、海の神は「シャチ(アトゥイコロカムイ)」でした。

しかし神であるといえども、アイヌ民族にとってクマは貴重な栄養源であり、狩猟の対象でもありました。山の神であるクマを獲って食べるという行為は、一見矛盾しているようにも感じられますが、アイヌの人々にとって、「狩猟」と「信仰」は一体なのです。

狩猟によって殺されたクマは、「イオマンテ(または、カムイ・ホプニレ)」と呼ばれる儀式によって、その御霊が丁重に神の国へ送られました。

正式には、狩猟によって捕殺したヒグマが対象となる儀式を「カムイ・ホプニレ」、飼育したヒグマが対象となる儀式を「イオマンテ」として区別し、総称して「イオマンテ」と呼んでいます。

イオマンテの様子 新光社「日本地理風俗大系 第14巻」より /Public domain

「イオマンテ(iomante)」の「i」は「それ」
「oman」は「行く」
「te」は「○○をさせる」

という意味を持っています。

カムイ(神)の名を直接呼ぶことは畏れ多い行為だとされており、カムイを「それ」と表現しています。「イオマンテ」とは「カムイを行かせる」儀式という意味なのです。

ヒグマの猟は、冬の終わりに行われます。まだ巣穴で冬眠しているヒグマを狙うのです。この時に、小熊も一緒だった場合、集落に生きたまま連れ帰り、人間の子供と同じように家の中で大切に育てます。

こうして我が子のように育てられた子熊は、捕獲した翌年の2月に神の国へと送る儀式を行った上で、屠殺し、その肉を食べたといいます。

イオマンテの様子 大英博物館 /Public domain

なんとなく残酷に見える行為ですが、アイヌの人々はこのように考えていました。

ヒグマは山の神が人間の世界に訪れるための仮の姿。ヒグマの肉体は、山の神がまとった衣のようなもの。人間の世界を訪れた山の神は、善良な心を持ったアイヌの民に捕らえられ、丁重な儀式を執り行ってもらうことで、無事に神の国へと戻れる。山の神はこの人間に捕まれば、私を神の国に気持ちよく送ってくれるに違いないと、あらかじめ捕まえてくれる人間を見定めているのだと。丁重に神の国へと送り返せば、またカムイが人間の世界を訪れる時には、私の元を訪れて、多くの恵みと繁栄をもたらしてくれるだろうと。

ヒグマの肉や毛皮は、山の神が人間にもたらした手土産だったのです。

心を込めて丁重に「送り出す」儀式といえば、以前書いたこちらの記事を思い出します。

また「山の神」という考え方も、日本神道の「豊穣神」に通じます。

神を盛大に「送り返す」行為は、人間にとって「福」をもたらし、幸せに生きるための共通言語のようなものだったのかもしれません。

Takehara Shunsen (竹原春泉) / Public domain

江戸時代頃の日本では、年老いたクマは妖怪「鬼熊」となって牛馬を喰らうと恐れられていました。


クマのいる社

上川神社(北海道旭川市)

アイヌ語の「ヘッチェウシ」は、「神々の遊ぶところ」という意味があります。「ヘッチェ」は歌や舞に合わせて囃し立てることを指しています。これが意訳されて、村名になったのが北海道の「神楽町」。アイヌ民族の聖地といわれる場所です。

この地に鎮座しているのが、「上川神社」。アイヌの聖地というだけあり、拝殿内には木彫りの狛クマが安置されています。

その他、狛クマが見られる神社としては、青森県津軽郡の「水木熊野宮」、福島市松川町の「黒沼神社」などがあります。


上川神社からほど近い場所にあるのは「神居古潭」。石狩川を望むことのできる景勝地です。アイヌの言葉で「神の住む場所」という意味をもちます。

アイヌの伝承に登場する妖精「コロポックル」をご存知の方も多いでしょう。

「コロポックル」とはアイヌ語で「蕗(ふき)の下に住む人」。その名の通り、人間の手のひらに乗ってしまうほど小さい妖精です。

この神居古潭では今でも「コロポックル」の目撃をする人がいます。

橋の向こうに見える廃止となった神居古潭駅の周囲の山からは深夜、賑やかに話す人の声や、お囃子のような音が聞こえ、そこへ近づこうとすると、何事もなかったように静寂に包まれるのだそう。


参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』川野明正(著)メイツ出版
『図説 日本妖怪大全』水木しげる(著)講談社+α文庫
『シリーズ:クマの保護管理を考える(14)アイヌの人々の見たヒグマ』WWF Web
『北海道・東神楽町の概要』 Web

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