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仏法を守護し、吉祥をもたらす「ゾウ」 - 『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界(第十四回)』

「神使」「眷属」とは、神の意思(神意)を人々に伝える存在であり、本殿に恭しく祀られるご祭神に成り代わって、直接的に崇敬者、参拝者とコミュニケーションを取り、守護する存在。

またの名を「使わしめ」ともいいます。

『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』では、神の使いとしての動物だけでなく、神社仏閣に深い関わりのある動物や、架空の生物までをご紹介します。

動物を通して、神社仏閣の新たなる魅力に気付き、参拝時の楽しみとしていただけたら幸いです。


神使「ゾウ」

八代将軍徳川吉宗への献上品として、交趾国(現在のベトナム)から送られた象が、長崎港を出発して京都の中御門(なかみかど)天皇の御前で披露されたのが1729(享保14)年4月28日(詳細は後述)。

これを記念して4月28日は「象の日」となりました。


古代日本の「ゾウ」

野尻湖ナウマンゾウ 博物館(長野県上水内郡)

神使に「象(ゾウ)」が存在することに驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。

これまで『神々の意思を伝える動物たち 〜神使・眷属の世界』の中でご紹介してきた神使の動物の中には、前回のオオカミのようにすでに日本では絶滅してしまった例もありました。

今回ご紹介する「ゾウ」も皆さんご承知のように、国内には生息していません。

日本には12万5千年ほど前の温暖期に「ナウマンゾウ」が東日本一帯に広く分布していたといい、その後の寒冷期に一旦数が減ったとされますが、5〜3万年前の温暖期に再び日本全国に広まりました。

ナウマンゾウは、まだ日本がユーラシア大陸と地続きだった34万年ほど前に、朝鮮半島や東シナ海側から日本に渡ってきたと考えられ、サハリン側からは「マンモス」が入ってきたといわれています。

これより古い、60万年前にはサイも日本に生息していました。日本にゾウとサイが同時に生息していた時代があることに驚きですね。

また、日本には大陸から渡ってきた種ではない固有種も存在していました。「ミエゾウ」「ハチオウジゾウ」「アケボノゾウ」などで、いずれも200〜100万年ほど前に絶滅しています。

このように古代の日本では、様々な種のゾウが大陸の横断や絶滅を繰り返しつつ、常時数種が生き残ってきましたが、今から2万3千年ほど前に完全に絶滅したとされます。

「ゾウ」再び日本へ

Sailko / CC BY

ゾウが再び日本へ入って来たのは1408年(応永15年)のこと。

若狭国の小浜に入港した南蛮船にゾウが乗せられていました。スマトラ島パレンパンの華僑の頭目、亜烈進卿(あれつしんけい)より、足利義持への献上品として孔雀やオウムなどとともにゾウが積まれていたのです。

南蛮船Kano Naizen / Public domain

その後も、大友宗麟、豊臣秀吉、徳川家康、徳川吉宗などの時の権力者、大名などへの諸外国からの献上品として度々日本にやって来ます。

1728年7月19日(享保13年6月13日)、八代将軍・徳川吉宗に献上するため、ベトナムから連れて来られたつがいのゾウは、メスが上陸地の長崎で死亡してしまいます。残ったオスは、陸路を歩いて江戸に向かうことになります。

ゾウの長距離移動を前に、街道沿いの村々には勘定奉行より御触書が出されました。そこには、ゾウを前にしても大声を出さないこと、寺の鐘を鳴らさないこと、道の小石を除去することなどが書かれていました。

京都へ到着したゾウ河鰭実利 / Public domain

こうして1729年4月10日(享保14年3月13日)、江戸へ向けて長崎を後にし、享保14年4月26日には京都に到着、ここでは中御門天皇による上覧が行われ、多くの庶民もゾウを目の当たりにします。

上覧に際して天皇に謁見するためには、何人たりともそれなりの身分、位階が必要とされたため、このオスのゾウにも「広南従四位白象(こうなんじゅしいはくぞう)」の位階が贈られました。当時の律令制では五位以上を貴族と定めていたため、貴族になった初のゾウともいえます。

江戸へは享保14年5月25日に到着。翌々日の5月27日には桜田門から入城したゾウと、江戸城大広間の前庭にて吉宗と対面を果たしています。

1日の移動距離は約20km、74日間の旅となりましたが、この間に多くの庶民が見物をし、一躍人気者となりました。数多くの出版物が刊行され、歌にも詠まれ、絵の題材にもなるなど、一大ブームを巻き起こします。

「広南従四位白象」はその後、莫大な飼育費用が問題となって農民に払い下げられますが、1743年1月8日(寛保2年12月13日)に病死してしまいます。


普賢菩薩と「ゾウ」

「釈迦三尊像・普賢菩薩」伊藤若冲(相国寺蔵)

元来、ゾウは仏教において「普賢菩薩」の乗り物とされます。その容姿は特殊なもので、6本の牙をもつ、白ゾウとして描かれます。時に、3つの頭をもち、足には金剛輪をつけていることもあります。

ゾウは仏法と、仏法を世に伝える者を守護する動物として崇められ、白い色はその徳の高さを表しています。このような意味合いから、主に寺院の本堂や、山門などにゾウが安置されることがあります。

仏教とゾウの縁は、釈迦の生まれた時代にさかのぼります。

釈迦の母である摩耶夫人(マーヤ王妃)がある日眠っていると、夢の中で空から白いゾウが降臨し、右脇腹から胎内に入っていく夢を見ました。目覚めると、お腹が大きくなっており妊娠していることを知ったのです。

この時、お腹に宿った子がのちのお釈迦様、ゴータマ・シッダールタなのです。

前述した通り、白い色は徳の高さ、そして偉大さを表しており、ゾウは吉祥を表しています。白いゾウは、まさに偉大な王子がこの世に誕生して、世界をお救いになるであろうというお告げを意味していたのです。

長福寿寺(千葉県長南町)

千葉県長南町の「長福寿寺」は、伝教大師最澄によって創建された由緒ある古刹です。

長福寿寺の本堂前には、「"願いを叶える" 吉ゾウくん」が参拝者を出迎えています。

吉ゾウくんには「願いが叶う」「お金がたまる」「病気が治る」「家庭円満になる」「元気で長生きする」という5つのご利益があり、心に願いごとを念じながら、吉ゾウくんの足を優しく撫でるだけで、そのご利益に預かることができるそう。

室町時代末期の長福寿寺學頭、豪仙學頭が護摩修行をしている最中に、火炎の中に一頭のゾウが舞い降りて来たのが由来。このゾウは「私の足をさすれば必ず幸せになる。そのことを多くの人々に伝えよ」との言葉を残したそうです。

皆さんも、吉ゾウくんに会いに行かれてはいかがでしょうか。

それでは、その他の寺院のゾウも見てみましょう。それぞれ本当に個性豊かなゾウたちです。

瑞泰寺・山門の象(東京都文京区)
宝寿院(愛知県津島市)
観音寺(埼玉県飯能市)
苗秀寺(京都府亀岡市)


【伊藤若冲】

江戸時代中期に活躍した絵師・伊藤若冲。その精密な描写や、ユニークなタッチ、極彩色のカラーリングで現代でも高い人気を誇っています。

若冲は動物を好んで描いたことで知られますが、ゾウを描いた作品も多く残されています。「象と鯨図屏風」は2008年の夏にその存在が知られることとなり、現在は滋賀県のMIHO MUSEUMに収蔵されています。若冲の描いたゾウはいずれも、丸くて優しい雰囲気を醸し出しています。

京都・相国寺の表方丈庭園にある「白象図」は有名です。眺めているだけで幸せになりそう。

相国寺・境内案内:https://www.shokoku-ji.jp/guide/

「樹花鳥獣図屏風」伊藤若冲(1716-1800) / Public domain
「象と鯨図屏風」Itō Jakuchū (1716-1800) / Public domain



「ゾウ」の装飾

日光東照宮(栃木県日光市)

寺社にはゾウの装飾が見られます。

代表的なのは「日光東照宮」の重要文化財「三神庫」のひとつ「上神庫」の屋根下の彫刻「想像の象」です。下絵を施したのは、江戸時代初期の狩野派の絵師、狩野探幽。

狩野探幽は、江戸幕府の御用絵師として活躍し、江戸城、大阪城、二条城、名古屋城のほか、大徳寺、妙心寺といった大規模な有力寺院の障壁画制作にも携わりました。

前述の「広南従四位白象」が長崎から江戸までを練り歩き、一大ゾウブームが訪れるのが1700年代。狩野探幽が活躍した時代は江戸初期の1600年代ですので、まだゾウを間近で見た者は少なく、文献や伝え聞いた話などから、想像して下絵を描いたものと思われます。

装飾といえば、他にも「木鼻」があります。

木鼻とは、柱から突き出た横部材の先端のことをいいます。木鼻は鎌倉時代以降に中国から日本に伝わった技術で、当初は単に切り口を残しただけのシンプルなものが多かったのですが、江戸時代に入るとより凝った装飾が施されるようになります。

神仏習合の影響で、神社の社殿などにもゾウの木鼻が施されるようになります。

参拝の折には、社殿の木鼻を見上げてみてはいかがでしょうか。

日光東照宮(栃木県日光市)
榛名神社(群馬県高崎市)
厳島神社(広島県廿日市市)


参考文献

『神道辞典』国学院大学日本文化研究所(編)弘文堂
『神社のどうぶつ図鑑』茂木貞純(監修)二見書房
『神様になった動物たち』戸部民生(著)だいわ文庫
『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』川野明正(著)メイツ出版
NATIONAL GEOGRAPHIC 『実はゾウの楽園だった日本列島』Web

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