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JKTの “T” 再び

 宝塚歌劇団の若い劇団員が自殺したニュースが駆け巡った。上級生のいじめやら、超長時間労働やら、しかもそれらが伝統として代々受け継がれていることやら・・・。さてこれからこの問題はどうなるのか。さほど深く調査されず(調査の結果原因がわかったとしても追及されず)、いわゆるうやむやに そして忘れられていくことを私は危惧する。

 そもそも学校時代から、上級生が乗っている(かもしれない)電車が見えなくなるまで ホーム上で頭を下げ続けることや、上級生の前では普通に歩くことさえできず(指先を体の真横に付けて壁に沿って小走りで移動する)、部屋の中央を歩くのはタブーで しゃべったり笑ったりもダメだというではないか。
 思うに下級生の時は百歩譲って『こんなところだ』と諦めて従ったとしても、上級生になった時に『常識的にこんなしきたりはおかしいから変えなきゃ』と思わない、あるいは思ったとしても言い出さない。これはもはやマインドコントロールされている。この洗脳こそ悪魔の所業や そんな伝統の温床になっているのだと思うのだが違うだろうか?

 しかしこれらの事実を学校や劇団に突き付けたとしても、『生徒たちが自主的に決めた』とか『劇団員のいわば自治組織の伝統』などと自分たちの責任ではないと言い逃れるだろう。間もなく今回の件で劇団側の会見がある予定らしいが、自分たちの落ち度を洗いざらい公表するかは怪しいと思う。
 また現在芸能界で活躍中の同校や劇団出身者も多いが、緘口令とまではいかないまでも、申し合わせをしたり、または自主的に口を閉ざすのではないか? などと邪推するのである。

 今から80年ほど前、ヒトラーが推し進めたホロコーストとて、その当時ナチスの親衛隊は自分がやっている 許されざる行為について、各人の頭の中に疑問符は無かったのではないだろうか。人間はひと度洗脳されれば 自分(たち)の行いが常識や良識を逸脱していたとしても それに気づかないレベルまでコントロールされ、他人の(あるいは自身の)命より自分のタスクを重視してしまうものなのかもしれない。

 これまで自分たちの保身や利潤追求に走ってきたマスコミの功罪はとてつもなく大きい。旧ジャニーズの事件だって、なにも今に始まったことではない。1980年代から暴露本は発刊されていたし、2003年には東京高裁でジャニー氏の性的虐待を認める判決が下されているのだ。我々の印象に残っていないのは、マスコミが かの芸能事務所に忖度して報道しなかったことによるものだ。いわばマスコミはジャニー氏の共犯者ともいえるではないか。

 ウミを出そう、とか改革しようといっても そもそもその道に強い憧れを持つ人は存在している。目指す人たちがいる限り、古くからのしきたりを喜んで受け入れる体制は変わらないのである。しかしそれを壊そうとしない限り、伝統は受け継がれていく。そしてそこに切り込んで浄化の糸口を担うのは、今や腐敗臭がしてはいるが やはりマスコミが奮起するしかないと思う。ジャニーズの性加害問題、歌舞伎の大名跡一家の心中問題、そしてタカラヅカの団員自殺問題。マスコミが『洗脳破壊改革』を起こすとすれば今しかないと思うがどうだろう。

 最近 宝塚音楽学校入学の募集ポスターを見かける。まもなく出願受付の時期らしい。しかし『お嬢さん、またお母様お父様、本当にいいのですか? 難関を突破したら色んなことが待っているかもしれませんよ』と血と汗と涙にまみれた狭き門を思い浮かべる。顔も知らない出願者に対してそんな余計な心配をする私は、我が子に歌や踊りの才能も、スラッとした体格も、舞台映えする美貌も持たせてあげられなかったが、少なくとも不要な心配をせずとも済んだのだともいえなくない(笑)

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