【読書録119】「すべてのものはうつろいゆく。たゆまず精進せよ」~横田南嶺「はじめての人におくる般若心経」を読んで
久々の単著を読んでの読書録である。
読書メーターへの感想記載で手が止まり、しばらくの間、noteでの記載が進まなかった。
ただ本書の感想を、私ごときが書いてよいものか、かなり迷った。
感じたことを思ったままに綴っていくことにしたい。
著者は、敬愛してやまない円覚寺の管長である、横田南嶺老師である。
発売当初に買おうと思っていたが、円覚寺の二月の日曜説教の際に、サイン本を販売されるという事で、久々に円覚寺へ行き購入。
さっそく手に取ると、冒頭の老師による般若心経の書に心奪われる。一筆一筆が丁寧で、なんと美しい文字であろうか。
276文字すべてに対して、思いが込められているのが、文字から伝わってくる。
般若心経については、今までに何冊か読んでいる。
各々、心に響くものであったが分かったようで分からない。しかし分からない、分けられないのが、「空」の世界であるという。
そんな「空」の世界、般若心経の世界を、六回にわたる講義形式で丁寧に説いてくれる。
ベースとなっているのが、花園大学の講義のためか、丁寧に、そして何度も何度も繰り返して、「智慧」、「空」の世界について教えてくれる。元々の釈迦の言葉に立ち返って説いてくれたり、ダライ・ラマ始め、他の高僧の言葉を紹介してくれながら教えてくれており、仏教のことを良く知らない私にとっては、理解を深めるのに助かった。
私が変われば世界が変わる
著者は、「親ガチャ」という言葉を知って、般若心経について講義することを決意したという。
釈迦の教えの根幹に関わると考えたからではなかろうか。本書の中で、こんな釈迦の言葉を紹介する。
現在にまで、カースト制度は尾を引いているが、生まれではなく、行為こそ重要であると説く。
そして、著者は、第一章のタイトルを「私が変われば世界が変わる」とし、こう言う。
自分自身の捉え方によって起こっていることの意味合いは大きく変わる。その例として、著者は、こんなわかりやすい例を挙げる。
何事も捉え方次第で変わるものだと、身近な例で実感させてくれる。
「私が変われば、世界が変わる」 本当に良い言葉である。
行動によって、自分を変えることができる。そう考えると大きな力がわく。
常識といわれるものや、他人と自分を比べたりせず、自分の思う所に従って行動していく。そして、その行動が、正しいものになるように自分自身の考え方を常に磨いていきたい。
マザー・テレサの有名な言葉を紹介する。
良い言葉、良い教えに接することで、自分の思考をブラッシュアップする。
長い間淘汰されず残ってきた古典こそ、その宝庫であると思うので、今後も吸収していきたい。
とらわれない心
サイン本に横田老師は、「無罣礙」と書いてくださった。
横田老師は、この無罣礙を「般若心経が導く究極」としている。
本書では、様々な言葉を引用することで無罣礙について説いている。
最後の歌に対しての、著者の言葉もよい。
「さらりさらりと生きる」
求めたい生き方である。
他人と過去は、変えられない。変えられるのは、自分と未来とという言葉も同じような意味なのかなと思う。
他人と比べない
このように何事にも、ひっかからず、とらわれずにさらりさらりと生きていくために最も大きな障害になってくるのが、他人と自分を比べることではないかと思う。
学生時代から社会人と、学校、組織や集団の中で、どうしても他人と比べて、もっと言うと、他人にどう思われるかを気にして行動してしまっていた。
年を重ねるに従って、徐々に他人と比べることの愚かさに気づいていったが、まだまだそこから完全に自由ではない。
中学・高校での学校というコミュニティの中での閉塞感を思い出すと、他人にどう思われるかを気にすることがいかに愚かであるかということを思わずにはいられない。その点、本書で引用する言葉に深く共感した。
自分の物差しを磨いていく、自分なりのものの考え方、捉え方を磨いていく。それこそが、人生における目的なのではないかと思う。
「すべてのものはうつろいゆく。たゆまず精進せよ」
般若心経を読んでいて、最初から、否定否定で始まり、すべてが「空」であるとなると、何をやっても意味がないのではないかという気分になってくるが、「極端にかたよらない」のが仏教の精神であると教えてくれる。
そして、本書では、最後に、釈迦入滅の際の言葉を紹介するが、この言葉に般若心経を学ぶ意義を感じ、生きていく希望がもてた。
諸行無常 諸行無我の世界。そんな世界にあるからこそ、その時その時のことにとらわれず、たゆまず精進して行く。
気候変動などの環境問題や、ダイバシティが唱えられる今だからこそ、求められている考え方ではなかろうか。
その戒めとしての、法句経の言葉も印象的。
ひたすら唱えるべし
本書を読んで、深く納得したのが、般若心経を唱えることの意義についてである。
この最後の真言の部分を、「理想の世界の実現にむけて、一歩一歩、歩みを進めていこう。その力強い呼びかけの言葉」 「歩む者、歩み続ける者に対する呼びかけ、賛歌」だという。
玄奘三蔵法師が、インドに行く際に砂漠の中で苦しい中、東には戻らないと強く念じ、唱えていたという般若心経。そう考えると力が沸く。
苦悩の多い世の中、だからこそこだわらず、とらわれず、歩み続けていく。その為の、賛歌が般若心経なのである。
本書を通じて、般若心経が「空」や「とらわれない心」について説いているというところから、もう一歩進んで、自分なりの価値観をもって力強く生きていくために必要な考え方、智慧なのではないかと考えるようになった。
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