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座談会「保育と市民〜松田道雄を補助線にして」の告知

「Cultural Canal Curriculum 〜文化の運河、あるいは河童曼荼羅〜」

クロージングイベント 11月19日(日)(13時〜18時)
https://www.kac.or.jp/events/34437/
※入場料500円 ワンドリンク付き
演目❶13時〜13時20分 アサダワタルと吉野正哲によるイントロダクショントーク。
※吉野とアサダによる概要説明の会場ミニツアー。
演目❷13時30分〜14時50分 読書会&ワークショップ参加者を中心にした教育実践記録等の朗読(80分)
※リサーチ期間中、読書会3回とワークショップ5回を行い、その過程で「教育実践記録」「社会実践記録」「日本国憲法」「でも、100はある」(ローリス・マラグッツィー著)「裂 江口炭鉱ルポ」(上野英信著)『ドゥーリアの舟』(奥誠之著)などの朗読を行いました。そこに参加して下さった方々と、この日会場に来られたみなさまと朗読による場をつくります。
演目❸15時00分〜18時00分 座談会「保育と市民〜松田道雄を補助線にして」
挿入演目 群読「河童曼陀羅(仮)」CCC公共朗読オーケストラ(30分)
司会
アサダワタル(アーティスト、文筆家、近畿大学文芸学部文化デザイン学科特任講師)
司会補助
大関はるか(京都市で子育てをしている1人のおかーさん)
登壇者
池添鉄平(たかつかさ保育園園長)
服部敬子(京都府立大学 公共政策学部 福祉社会学科 教授 )
和田悠(立教大学 文学部 教育学科 教授)
吉野正哲(企画者)
※最後の座談会「保育と市民〜松田道雄を補助線にして」は、保育(問題)経験者・当事者・研究者と松田道雄の研究者をお招きして、「保育」と「市民」を中心テーマに「松田道雄を補助線に」座談会を行います。挿入演目の群読「河童曼陀羅(仮)」は❷のメンバーと共に行います。松田道雄の保育問題関連の文章や、日本国憲法などをREMIXした台本を制作します。
座談会に際して、登壇者の方々からのコメントを紹介します。
⭐️和田悠さんからの提案

◎最大公約数的問い「子どもの自己決定権と保育の専門性、それを可能にする政治(市民運動)はどのようなものか」。
◎松田を論じるよりも、松田「で」論じるイベント。
◎保育におけるジェンダーという問題は松田を超えて議論したい。
◎松田には、統治機構である国家の市民的自由への侵害を許さない、国家権力による支配と暴力を問うものとしての「人権」概念が強くあります。それは松田の戦時下抵抗経験に支えられていると思います。
◎保育には、社会を編み直す力があると思っています。保育の発想と論理で政治を変えてほしいと思っています。

⭐️服部敬子さんからのコメント

◎松田道雄さんの本に出会ったのは大学院生になってすぐの頃でした。
当時、医師が書いている育児本なのに、「親育て」「保育者育て」に重点がおかれていると感じ、集団保育のことにかなりのページが割かれ、保育条件改善の必要性まで書かれていることに衝撃を受けたのを覚えています。
『定本 育児の百科』で付箋を貼っていた一つ(p.153)には、
「保育園と親とが手をつなぐということは、当然のことのようだが、じっさいは容易ではない。現在、保育園にしいられている「保育条件」では、子どものためを思うと、親か保母さんのどちらかが、余分の重荷をせおわねばならない。・・・」
「園長と保母と親との三者が対等の立場で、めいめいの主張をだしあってぶつかってみることだ。そのなかで、みんなは仲間だという意識が生まれてくれば、みんなで交渉すべき相手がわかってくるだろう。」
と書かれていました。
自身が子育てする立場になったとき、この文章の重みをより一層感じました。

⭐️松田道雄さんの本からの抜粋

(前略)戦争のとき、研究から引きはなされて、兵営の床にぞうきんがけをさせられていたとき、私は「絶望のなかの誠実」ということを考えていた。戦争がすんで自由の身になり、そういう気持を忘れていた私は、保母さんたちの話をきいたとき、再びそれを思い出した。
だが、それは私のことであって、保母さんたちは絶望なんかしていない。絶望どころか現在の人間がもち得る希望のなかの、もっとも輝かしい希望が彼女たちのなかに燃えていた。私は、まる一日その希望のなかにひたって火傷を負った感じである。
けれども、この火傷はふしぎな火傷である。それは痛いけれども快い火傷である。そして、いつまでも治ってほしくない火傷である。(『松田道雄の本1 私の幼児教育論』筑摩書房【刊】「関西保育問題研究会とともに」“夏季合宿研究会”(p.195)より抜粋)

⭐️大関はるかさんからのコメント

◎うちは本当に小規模だから、やっぱ、保育士と保護者は本当に一緒に子どもを育てるっていう気がしてて。保育士と保護者で、1人の子どもが、 育てられているっていう実感がすごい強くあるから、その保育士が、いきなり辞めたりすると、夫を失ったようなというか、なんかこう、傷つくんですよね。その保育士が、その人の人生の中で、「やっぱり、この給料では」とかね、この制度のせいで思うところはあると思うんだけど。本来だったら、私の夫が週6日働いたら、私、イライラすると思うんですよね。もっと家のことしてほしいとか、もっと子供に関わってほしいと思うと思うんですよ。でも、それと同じように、保育士が週6日働いてて、自分にも子供がいるのによ、その違和感とかもすごい強いし、なんでこんだけ働いてるのに給料がそんなに少ないんだっていうのもすごい違和感があるし、 突然辞めたりするとすごい傷つくし、ほんとは多分そういう感覚になると思うんだけど、やっぱり、消費者として、保護者が保育園に子供を預ける、サービスを受けるって考えるとか、そう感じる制度の中だと、もうほんと、日々が忙しくて、そこまで思えないかもしれないけど、 小規模だからこそ感じることかもしれないけど、本当にパートナーという感じ。

⭐️池添鉄平さんのコメント

 その市民運動っていうとこでは、ちょっと幅広く考えるというか、最近「市民」って言われたら感じることは、 やっぱり子どもを市民として見るというか、前もちらっと言ったけど、子供の権利条約で「意見表明権」ってあるじゃないですか。子供の意見も1つ1つ聞いてどんな風に思うか、1人の市民として付き合うというような感じの話がされてて、やっぱり子供の声をどんだけ聞くことができるか、想像できるかっていうことって、すごく今、求められてることだと僕は思うんですよ。少子化っていう中で、これから「増大人化」(ぞうおとなか)って最近言うてるんやけど、大人がめちゃめちゃ増えてくる中で、子どものことを、 やいやいうるさい大人ばっかりやったらどんな生きにくい社会になるんやと思って。だからこそ今、子供の見方っていうことを、そういう子供の権利条約をもっとみんなで学んで、 1人1人の子供の意見を聞いたり、どういう風に、意見言わへん赤ちゃんでもどんな風に思ってるとかー

⭐️松田道雄さんの本からの抜粋

(前略)パパは私を児童公園へつれていってくれた。児童公園はダンチの傑作だ。すべり台、シーソー、花壇が見える。兄ちゃんや姉ちゃんが実にたのしそうに遊んでいる。私は兄ちゃんや姉ちゃんの遊ぶのをみるのが一ばん好きだ。おとなという種族は、ああいう明かるい表情をしていない。
突然パパが私を抱いたなり一メートルほど横にスッとんだ。ボールがとんで来たのをよけてくれたのだ。もしパパがよけてくれなかったら私は、あの固いゴムのボールを脳天にくらって脳シントゥを起こしていたろう。パパに感謝する。パパが学生時代にスポーツをやっていたことをママに自慢するたびに、それだけ大脳を開店休業してたのね、などとひやかされていたが、今日という今日は、スポーツできたえた運動神経のご利益があった。それにしても、こんなところで固いボールでバッティングをやるのはだれだろう。ああ、中学生だ。
児童といっても私のような赤ん坊から中学生まであるんだから、児童公園も、みんなゴッチャまぜではひどい。 赤ん坊の時間、小学生の時間、 中学生の時間とまでは決められないにしても、ボールを使っていい時間と、禁止する時間ぐらい分けたらどうだ。(後略)(『私は赤ちゃん』p.30「児童公園〜赤ん坊の時間を」松田道雄著 岩波新書より抜粋 )

⭐️吉野からのコメント

今回教育実践記録のリサーチをする中で川の源流に棲む河童の様に日本国憲法に出会いました。日本という国を共同制作のプロジェクト型のアート作品と捉えた時に、日本国憲法はただ一つの正式なコンセプトなんだと気づきました。このコンセプトを理解も認識もしていないで、共同で(民主主義で)国をやるのは不可能なはずですが、国が主催する学校教育は不思議なほど、ここをスルーし続けている様に感じます。日本国憲法には間違いなく世界平和が露骨に語られていて、これを日本の財産として平和産業で生きていく道を松田道雄も説いています。
中村哲医師が「歩く日本国憲法」と称されたり(佐高信)、沖縄には読谷村という「日本国憲法を実践する村」があったり、この日本国憲法という不思議な河童をどう捉えて、世界中にその生息地を増やしていくかが、現在のわたしたちの緊急課題なのではないでしょうか?日本国憲法は色々に論議されてきたようですが、この憲法は歴史に生じた一種のバグの様なものであり、そのバクには何故か世界平和という名のアナーキズム、即ち先住民たちの命ための平和思想が混入されていた、そんな感じがします。(「アメリカ建国とイロコイ民主制』)
松田道雄は、デヴィッド・グレーバーの様には、はっきりと自称してはいませんが、アナーキズムに対する並々ならない共感があると感じますし、保育を彼が重んじたことも、そこに繋がっている様なきがしています。即興を重んじ、カリキュラム不要論を説く松田には子どもたちの自発性によるアナーキーな場作りへの盲目的とも言える信頼があり、その信頼は明倫小学校での芦田松太郎先生の大正自由教育の実践を体験した事によって、裏打ちされ支えられています。芦田先生の授業によって劣等生も優等生もなく、皆がその天分を生かしきり、お互いを尊重し合うヒエラルキーを廃した理想的な教室が出現したそうです。
今回のリサーチ発表では河川工学、治水や水、保育・教育や児童文化に関する文献を紹介していますが、水も子どもも生粋の河童(=アナーキスト)で、そのエネルギーを如何に管理するかの方法論が治水と教育・保育という分野に共通しると感じています。

僕は当初戦後教育が始まった頃に教室に流れ込んだ無礼講の風の原型を鶴見俊輔『太夫才蔵伝』の「都市の夢」に紹介されている夢野久作『犬神博士』のドンタクの場面の情景描写に見ました。それは正に民衆のカーニヴァルの世界でした。世界がひっくり返って民衆のエネルギーが爆発する場面です。「無礼講する」と「ブレイクスルー」をかけて、ドアーズの「Break On Through (To the Other Side)」という曲を演奏してみたいと考えました。「無礼講するとこで、向こう側へ突き抜けろ」という願いを込めて場のドアを開くための奉納演奏を行いたいと思っています。演奏するのは、アサダさんと、鉄平さんにお願いしたいと思います。メインのリフだけでも簡単にコピーして頂けたらそれで結構です。あとは即興でお願いいたします。

展示の構成を少しだけ説明させてください。
一応順路みたいなものがあり、一番最初のエリアに『児童百科事典』平凡社がおいてあります。この百科事典を来場者の方には使って欲しくて、調べたい言葉があったらここで調べて頂けるようにアナウンスしています。

平凡社の創業者下中弥三郎は野口援太郎と教育の世紀社という会社を興して「児童の村小学校」という学校をつくり、そこが大正自由教育の代表的な実践校だったそうで、この児童百科事典は日本国憲法を補完するもの、サポートするもの、日本国憲法を大切にする人材を育成する目的で編まれたものという感じがします。児童文学者の瀬田貞二さん編集による百科事典になります。瀬田さんを編集長のポジションに推薦したのが瀬田さんの親友だった日高六郎さんでした。
この中の河童の項について斎藤敦夫さん(『ガンバとカワウソの冒険』著者)が、瀬田貞二さんの思想のエッセンスが凝縮されたものとして本の中で紹介されたりしています。戦後日本文化の源流として、この事典を始まりの位置に配置してあります。今回の座談会の途中に行う朗読でも、この時点の中から、保育や何か、座談会のキーワードの項目を朗読してみたいと考えています。
展覧会場には今は無き大阪府立国際児童文学館の油絵が二点展示されています。
瀬田貞二さんは、遺作の中で天狗が死んでしまうお話を書いたそうです。それは児童百科事典の河童の項に「河童は生きている」と書いた瀬田さんの絶望の表現だった事を斎藤さんが指摘されていますが、天狗の死を書かざるをえなかった瀬田さんの話は、大阪府立国際児童文学館が廃舘させられる流れを予兆するエピソードの様に感じられます。
思いつくままに、書き並べましたが、大体はこの様な多分にファンタジックな観点から世界を眺めております。
わたしたちそれぞれの多様な観点を交差させながら、保育を松田道雄を補助線に語ることで、立体的な市民像を浮かび上がらせてみたいと考えています。

⭐️アサダワタルさんのコメント

僕はマイアミさんの「文化の運河」というコンセプトに惹かれて、このプロジェクトに参加しています。誰かが掘り下げて考えた思考の痕跡や、別の誰かが展開した謎の実践も、土地も時間も超えたときに誤読も含めて「あり得ない引き継がれ方」をし、そのことによって「あり得たかもしれないもうひとつのいま」を実際に創造することになるんじゃないでしょうか? 私たちは意識しようがしまいが、実際にはそのようにして「オリジナル」を作り上げていますし、でもせっかくならその自覚の仕方もオモロびっくりするようなカタチで作りたいなと。このようにして文化の運河が川上から川下へ、やがて海へと辿り着くなかで、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とは言えとは言え! 元の水要素がどっかに残ってんじゃないの?という妄想は、松田道雄さんの思想と実践に辿り着いたのでした。クロージングイベントでは、僕は「カオスパイロット」(←大関はるかさん談/要は「司会」)として、大海に注がれて原水を再発見すべくセッションの荒波を楽しみたいと思います。


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