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エッセイ/堂々

生きてくってことは、まずは、下らないもの、取るに足らないものにしがみついてゆくことだ。家族でも友人でもいい、思想でも主義でもいい、宗教でも哲学でもいい、仕事でも趣味でもいい。とにかく、多い方がいい。まずは、10本の指に少しずつ引っかけて、なるたけ今をごきげんでいることだ。成否も出来栄えも、実は大した意味はない。過度の義務感、熱い正義感、完璧主義、そんなものはどこかに投げ捨てる方がいいんだ。つまりは、どれも下らない、取るに足らないものなのだから。真実を語っているのではない、これは姿勢だ、構えだ。真に大切で、本当に最後の最後まで守るべきものは、ぼくら自身、あなた自身だけだ。あなたがあなたで、ぼくがぼくであることは、どんな条件とも関係がないのだ。バラストを積み、バラストを棄て、難破を防ごう、座礁を避けよう、沈没から救おう。バラストは、あなたを生かし、ごきげんに保つための、架空の船荷だ。たとえ深刻になっても、絶望に打ちひしがれても、そんなことだって、いつかは下らない、取るに足らないことだ。どのバラストが必要で、どのバラストが不要か。いいさ、堂々と怠けるのがよい、堂々と気晴らしするのがよい、堂々と忘れ、堂々と深呼吸し……思うのは、最近のぼくたちが、いちばん失ったことは、「堂々と」なのだ。自慢げに、でもない。ふんぞり返って、でもない。開き直って、でもない。空元気に、でもない。「堂々と」、あなたがいま、ここで、ごきげんであること以外のすべては、何でもない、取るに足らない、下らない。あなたが世界であり、あなたが、要はすべてなのである。どうだろう、疲れて、悲しくて、気持ちが沈んで、そんなときは、ぜんぶの重たいバラストを、まずはそこに置いといて(だって、そんなもの、取るに足らないのだ)、その身ひとつ、「堂々と」散歩して、「堂々と」おいしいコーヒーの一杯でも味わうのは。もっともぼくは、ぼくの小さな娘、これだけは、置いてくわけにはいかない、連れてかないといけない。ホットケーキで、ごきげんだろうか。

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